総村スコアブック

総村悠司(Sohmura Hisashi)の楽曲紹介、小説掲載をしています。また、作曲家・佐藤英敏さんの曲紹介も行っております。ご意見ご感想などはsohmura@gmail.comまで。

総村と佐藤英敏さん

おつかれさまです、総村悠司です。
今日は『総村と佐藤英敏さん』についてです。

 

過去エントリで『佐藤英敏さん作曲リスト』『佐藤英敏さん曲紹介』を既に書きましたが、ナニモノが語っているものなのか不明瞭だと、曲紹介の説得力(熱量?)の伝わり具合が減衰してしまそうな感覚を抱いたため、差し障りの無い範囲で書いてみようか、と思った次第です。

 

あれは、1998年春のことでした。
知人の薦めで読んでいた小説『ロスト・ユニバース』が映像化されるということで、テレビ観賞をしていたときのことでした。
OP曲で使用されていた『~infinity~∞』の聴き始めて終えるまで、強力に心身を揺さぶられる思いがしたのでした。

 

宇宙空間は広大であるがゆえに、個々の存在は大変に微小かつ孤独です。
それを表現するかのようなAメロの次には、
「それでも進む、それでも挑むんだ」という奮い立ち、体を捩るようなBメロの1~2小節。
気持ちの整理をつけ、加速開始を感じさせる3~8小節。
そして、十分な加速を受けた後の力強い飛躍・躍動のサビ
小刻みなメロディーは緊張感の取れた自信にあふれた活き活きとした動きを感じさせられ、サビ終わりに向かっては勇壮に高音へと駆け上る…。

 

当時はまだ、インターネットも一般的でなく(自分は使っていましたが、情報提供側の質・量といった面で)、
次に自分がとったアクションは「次回の番組録画予約」を行う、でした。(しかもHDDレコーダなどない時代ですから、VHSでしたね……)
行動の理由はというと……「作曲した方のお名前を知りたい!」ためでした。
歌自体に惹かれたことは間違いないですが、「曲名」でもなく「歌手」でもなく(こちらは声からして林原さんは自明でしたが…)「編曲家(アレンジャー)でもないポイントに意識が向かったことは、その後に何度も「なんでだろう」と考えましたが、理由はよく分かりませんでした。
録画は無事成功。一時停止機能を使用して、ちょうどサビの最高潮のところでしっかりと確認できたお名前「作曲:佐藤英敏」。
これが忘れもしない自分と佐藤さんとの出会いでした。

 

実は、時系列的にはこれ以前に、かの『残酷な天使のテーゼ』をはじめ『Give a reason』『Breeze』『don't be discouraged』といった有名どころの曲もよく聴いておりどれも「良い歌だなぁ」と思ってはいたのですが、一歩踏み込んだのは上述の通りであり、
お名前を知ってから、遡って気に入っていた歌を隅から隅まで調べてみたら「あの歌もこの歌も、みんな佐藤英敏さんだったの!?」となったのでした。
ある意味、この予期せぬ驚きが、決定打となったのではないかなと自己分析したりしています。

 

そして、先日。ためにためて『two thumbs up!』を拝聴することにしましたが……

 

妙に緊張しました。

 

スレイヤーズ30thアニバーサリーソング」として、
3枚組の『MEGUMIXXX』の「トップバッター」そして「33曲中唯一の新曲」として、
往年のファンから当然寄せられるであろう多大な期待感、そのプレッシャーを受けて立つ布陣。聴いている此岸が手に汗握っている状況でしたから、彼岸などは推しても知ること能わずです。しかし、初回、聴き終えた後の感情は想像以上に高揚し、あのときの再来かのように晴れ晴れしいものでした。


気づけば、あのときから二十数年の月日が流れていました。
自分自身や立場、社会情勢や環境など様々な変化も生じました。良かったことも、悲しかったことも。
MEGUMI氏の詞とともに、変わらずそれでいて醸成された佐藤さんのメロディーに、
「これまで」と「これから」の自分の行程への肯定を頂いたようで、目頭が熱くなりました。

 

 忙しい大人こそ、時間を作ってでも、音楽を聴かないと

 

そんな風に思わずにはいられない2020年の春でした。

 

以上、今後ともよろしくお願いします。

佐藤英敏さん曲紹介

おつかれさまです、総村です。今日は『佐藤英敏さん曲紹介』についてです。

 

[Index]

 0. はじめに
 1-1. カッコいい歌(女性歌手編)
 1-2. カッコいい歌(男性歌手編)
 2. ワクワクさせられる歌
 3. しんみりさせられる歌
 4. ほのぼのとさせられる歌
 5. みんなで元気よく歌う歌
 6. 聴くたびに癖になる歌
 7. スペシャルな歌

 

[Details]

 

0. はじめに

 

 別のエントリーで既に「佐藤英敏さん作曲リスト」を作成済みですが、
 このエントリーでは、それぞれの詳細な曲紹介をしていければと思っています。

 自分の好きなものを人におススメするというのは難しいもので、
 あまりにプッシュし過ぎてもひかれてしまうことが多々あるような気がします。
 本来、音楽を含めて芸術作品は、相対的でなく絶対的な鑑賞・評価をすべきと思われますが、
 分かりやすく伝えることを最優先に、「~に似ている」といった観点も含めて紹介をしたいと思っています。

 曲構成はWikipediaでも紹介されている、以下用語を用います、
 イントロ/Aメロ/A'メロ/Bメロ/1サビ/間奏/../2サビ/../大サビ/../落ちサビ/../ラストサビ/アウトロ

 

1-1. カッコいい歌(女性歌手編)

 

 不安を心配を抱きつつも、向かわなければならないところがある。
 強い意志と決意をもって、前に一歩を踏み出す――。
 そういった「成長・進化のカッコよさ」を味わえます。そのためか、ここで推しますのは主にヴォーカルがアルトの方が多くなりそうですね。

 

 分かりやすいのは『残酷な天使のテーゼ(高橋洋子氏)』でしょうか。
 言わずもがなの知名度ですが、ガラス細工のような緊張感・繊細さを感じさせるAメロが、
 Bメロではどこか吹っ切れたような変異を見せ、サビでは躍動感と力強さを感じさせてくれます。

 『残酷な天使のテーゼ』がミュージックライブラリに常に入っているよ!という方には、
 『get the Mind(松村香澄氏)』『born Legend(松村香澄氏)』がおススメです。
 「息継ぎ大丈夫!?」と心配させられる躍動感あるメロディーを見事な技術で歌い上げられています。
 (ちなみに、僕の肺活量ではとても歌いきれません)

 

1-2. カッコいい歌(男性歌手編)

 

 「1-1.」の男性歌手編です。
 佐藤さんの曲(歌)は、女性歌手のものが一般知名度が高いよう思われますが、
 男性歌手にも同様におススメしたいものがあります。

 バーチャファイターの第一期オープニングでも使われていた『wild vision(林浩治氏)』。
 曲構成は一般的なJ-POPですが、イントロ~アウトロまでの4分が無駄なく、
 あっという間に終わってしまう印象です。
 「歌ってみた」で取り上げる方もいらっしゃるようですが、個人的にはもっと多くの方に知ってもらい、ぜひとも多くのシンガーがカヴァーしてくれないだろうか……思っています。

 2007に発売された『Starting again(保志総一朗氏)』は多分に漏れず、Bメロ~サビへのつながり方が絶品です。
 作詞も手掛けたMEGUMI氏(林原めぐみ氏)もバックコーラスをされるという粋な演出もあり、お二方の"縁"も歌に上質な味付けをされています。
 9年の(1998年、ロストユニバース放映当時から、『Starting again』発売の2007年まで)時を経て、様々な環境が変わりました。
 その期間にあった変化や思い出を振り返ると、歌詞が心に心地よくしみわたる思いです。

 『蒼い魂の龍巻(高橋直純氏)』は詞からも分かる通り女性向けで、イケメン歌手向けの歌ですが、高橋直純氏が見事に歌い上げてらっしゃいます。ライブ映像を見たことがありますが、まさに適役ですね。T.M.Revolution(西川貴教氏)のように、ストレートに、情熱的な歌が好きな方におススメです。なお、奇しくも高橋直純氏が活動初期に所属されていた「レッドドルフィンズ」でも「あの時の"I Love You"」「STAR LUSTAR」「Time Eater」「ノンフィクション・パニック」「Rolling Your Dreams」の5曲があります。

 

2. ワクワクさせられる歌

 

 目覚めも良かった土曜日の朝に、「この土日何しようかな」と心躍るときのような、ワクワクさせられる歌です。

 『私にハッピーバースデイ(林原めぐみ氏)』は、林原氏がはじめて佐藤さんの曲(歌)を歌った記念すべき歌でもあります。AメロのMajコードを2つずつ下げる箇所、Bメロ1~2小節目のMajコードを3つ上げる箇所はあまり耳馴染みがないですが、これが丁度「誕生日=非日常」感としてマッチしているようです。そしてサビは言わずもがな。

 

 こちらでは、そのほかに

 『Deja vu(林原めぐみ氏)』

 『Fine colorday(林原めぐみ氏)』あたりを紹介予定なのですが、また後日…。

 

3. しんみりさせられる歌

 

 佐藤さんの曲に惹きつけられた方々の、そのきっかけとなった曲の多くはアップテンポなのではと推測しています。(総村自身がそうだったこともあり……)

 静謐に浸りたいというときもあるでしょう。そんな時にお勧めな歌です。

 

 ZARD(坂井泉水)氏のような透き通った歌声で癒されたいのであれば、『幸せの地図(持田真樹氏)』が良いですね。Aメロ・Bメロはノスタルジックで上掲のような気持ちに寄り添いつつも、サビでは少量の明るさが差し込まれており、「落ち込んでいく一方」や「感傷的な気持ちのまま変わらない」といったことがない面でもおススメです。

  入手が大変困難ではあるのですが、『泣きつかれてた君を(三国一夫氏)』は都会の夜を想起させるバラードです。『世界が終るまでは(WANDS)』『アンバランスなKissをして(高橋ひろ氏)』を良いなと思っている方にはお勧めしたいです。Bメロの5~8小節やサビの13~16小節で出てくるB♭m→B→Cdim-5→Fsus4の流れが心地良いです。なお、この三国一夫氏主演のNHK連続テレビ小説『走らんか!』でヒロイン役であった菅野美穂氏も『忘れなくちゃね』『追伸』で佐藤さんの曲を歌われています。

 

 こちらでは、そのほかに

 『雨のち曇りのち晴れ・・・(林原めぐみ氏)』
 『眠れない夜は・・・(奥井雅美氏,林原めぐみ氏)』
 『おやすみなさい 明日はおはよう(林原めぐみ氏)』を紹介予定なのですが、また後日…。

 

4. ほのぼのとさせられる歌

 

 佐藤さんの曲はアップテンポで元気をもらえるものが多いですが、その根底には大自然の力を感じます。
 『SO IN THE WORLD(松本保典氏)』ではそのおおらかさの一面をを肌で感じられるような思いです。
 Aメロでは広野の道をマイペースで歩くよう、Bメロでは腰を下ろして目を閉じ休憩しているよう、サビでは大空を見上げているような爽快さを味わえます。

 

5. みんなで元気よく歌う歌

 

 人の声は「楽器」でもあります。多様なシンガーが寄り集まり、まるで歓談をしているかのような歌たちです。
 聴いているだけで、自身もその輪に加われるような素敵な錯覚を受けてしまいそうです。

 

 pop'n music(ポップンミュージック)、GuitarFreaks&drummania(ギターフリークス&ドラムマニア)のような音楽ゲーム曲が好きな方には、『ポップコーン・ハートビート(WISH-WINGS)』がおススメです。Bメロ部のコードの上下移動が「8拍ずつ→2泊ずつ」の二段階・加速的になることで、サビを迎える期待感がとても心地良いです。

 

こちらでは、そのほかに

 『SEEK!(榎本温子氏,渡邊由紀氏,山本麻里安氏)』

 『SLAYERS 4 the future(林原めぐみ氏,松本保典氏,鈴木真仁氏,緑川光氏)』あたりを紹介予定なのですが、また後日…。

 

6. 聴くたびに癖になる歌

 

 本項目では、聴けば聴くほどに癖になっていく危険(もとい、素敵な)歌を紹介したいと思います。

 一つメロディーを「歌詞を多言語にする」「アレンジを大幅に変更する(リミックス)」として扱うのはよくありますが、同一言語(日本語)でアレンジもほぼ同じ……というのは珍しい気がします。
 それが『笑う科学者(堀内賢雄氏)』と『いつだって青春(神谷明氏)』です。
 Aメロ、Bメロ、サビのいずれも、「普段耳慣れしないところ突かれる」ので少し戸惑うところがあるのですが、これが聴けば聴くほどに癖になります。
 ひとくち目までは恐る恐るであった「ROYCE'のチョコレートポテトチップス」が気づけば残り数枚になっている……そんな感じです。
 そもそも、お二方ともにナレータもされる良質な声の持ち主。聴いていて心地よいのは当たり前と言えるかもしれません。

 『GAL BURN CRYIN'(CRIPTON)』は少し特殊枠です。
 一覧表をご覧になった方はお気づきかもしれませんが、こちらは佐藤さんご本人作詞の数少ない歌です。
 サビに勢いのあるロックンロール、なのですが、サビまではためにためて……一気に!という構成です。
 落ちサビ~ラストサビで揺さぶられて、アウトロと同時にやってくる「TONIGHT……」×3でトドメを刺されます。

 

7. スペシャルな歌

 

 圧倒的な採用数の関係で、どうしてもおススメ曲に林原めぐみ氏の歌が多くなってしまいそうなため、特別カテゴリを設けることにしてみました。林原めぐみ氏の人気・知名度のおかげで、デジタルミュージックとしての入手もしやすい側面もあり、新規で開拓をしたい方にもおススメかと思っています。

 

 売上や派生・カヴァーのことも考慮すれば『Give a reason』の知名度的は群を抜いているかもしれません。
 時代が進むにつれ、良い意味で作品(スレイヤーズシリーズ)主役のリナ・インバースそして林原めぐみ氏の威風堂々っぷりが増していき、歌のイメージカラーも「色々あるだろうけど、まあ何とかしていくさっ」とたくましげになっていく印象のため、
 この頃の「一抹の不安……でもなんとか進まなきゃ」という複数の感情に揺れるかのようなメロディーラインがちょうどマッチしているよう思っています。
 何度も曲を聴き重ねていくと、イントロのG#mが耳に入った瞬間、条件反射的に「おぉ…」となる状態になること間違いなしです。

 

こちらでは、そのほかに

 『raging waves(林原めぐみ氏)』
 『question at me(林原めぐみ氏)』
 『plenty of grit(林原めぐみ氏)』
 『Front breaking(林原めぐみ氏)』あたりを紹介予定なのですが、また後日…。

 

 追記:

 『~infinity~ ∞』『two thumbs up!

 については、こちらに取り急ぎ記載しました。

 

以上、今後ともよろしくお願いします。

佐藤英敏さん作曲リスト

おつかれさまです、総村です。
今日は『佐藤英敏さん作曲リストについてです。

 

佐藤英敏さんといえば「残酷な天使のテーゼ」が最も知名度があると思われますが、それ以外の曲・歌にも興味を持ち、好きになってくれる同志が増えればと思い、これまで個人的にまとめていたものをブログに載せておこうと思いました。

 

時間を見つけて、それぞれの詳細な紹介ページを設けられればなぁと思っていますが、取り急ぎ…。

 

佐藤英敏さん作曲リスト (2020-05-28更新)

編集後

曲名    作詞      作曲     編曲     歌           収録           初出  
I'll be there MEGUMI 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ ・シングル『Successful Mission』2曲目
・アルバム『VINTAGE White(林原めぐみ)』Disk1、8曲目
・アルバム『Iravati(林原めぐみ)』2曲目(※Ballade Version)
1996/10/23
I'll be your man 根津洋子 佐藤英敏 五島翔 鈴木千尋 ・アルバム『Di Gi Charat でじこサウンドマジック』29曲目 2001/11/7
蒼き光へ 木本慶子 佐藤英敏 今泉洋 千葉進歩 ・アルバム『仙界伝封神演義 歌宴II』3曲目 2000/7/26
蒼い魂の龍巻 田久保真見 佐藤英敏 五島翔 高橋直純 ・アルバム『遙かなる時空の中で2 ~花をとめ~』5曲目 2003/8/6
あなたの海へ 新條カオル 佐藤英敏 桜庭伸幸 みちのく姉妹 (調査中)  
 あなたの海へ 新條カオル 佐藤英敏 佐藤準 まきのめぐみ ・アルバム『こころ ~cocoro~(まきのめぐみ)』5曲目 2012/8/8
あの時の"I Love You" 内藤綾子 佐藤英敏 岩崎文紀 関沢圭司
高橋直純
渡辺武徳
・アルバム『TEENAGE SCRAMBLE(RED DOLPHINS)』6曲目 1991/8/21
A HOUSE CAT MEGUMI 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・シングル『A HOUSE CAT』1曲目
・アルバム『VINTAGE S(林原めぐみ)』13曲目
1998/9/4
雨のち曇りのち晴れ・・・ MEGUMI 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・アルバム『ふわり(林原めぐみ)』5曲目
・アルバム『VINTAGE White(林原めぐみ)』Disk1、16曲目
1999/10/27
unsteady MEGUMI 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・シングル『unsteady』1曲目
・アルバム『feel well(林原めぐみ)』10曲目
2000/10/25
いつだって青春 松葉美保 佐藤英敏 五島翔 神谷明 ※「笑う科学者」と同一メロディーだが、それぞれ独立行で記載
・アルバム『万能文化猫娘 SONGS2 夏目ファミリー&ミシマインダストリィ編』2曲目
1998/4/3
~infinity~∞ MEGUMI 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ ・シングル『~infinity~∞』1曲目
・アルバム『スターチャイルドSELECTION』Disk2、6曲目
1998/4/24
 〜Re.infinity〜∞ MEGUMI 佐藤英敏 YUPA 保志総一朗 ・シングル『Starting again(保志総一朗)』2曲目 2007/1/24
笑顔の魔法 大場清実 佐藤英敏 根岸貴幸 高橋由美子 ・シングル『笑顔の魔法』1曲目
・アルバム『PEACE!(高橋由美子)』8曲目
1991/1/21
EXIT→RUNNING 有森聡美 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・アルバム『スレイヤーズTRY TREASURY VOX』6曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk2、13曲目
・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk2、5曲目(※remix)
1999/6/4
 NEVER NEVER GIVE UP 鮎川めぐみ 佐藤英敏 磯村英司 L・O・N ・アルバム『SLAYERS TRY TREASURY BGM 2』21曲目  
EPILOGUE DE THESE ──── 佐藤英敏 大森俊之 ──── ・アルバム『~refrain~ The songs were inspired by"EVANGELION"』13曲目
残酷な天使のテーゼのInstrumentアレンジ)
1997/11/6
同じ景色 有森聡美 佐藤英敏 五島翔 神田朱未 ・アルバム『ウルトラマニアック キャラクターソング&BGM集「Magical Songs」』17曲目 2003/8/27
over ONE 木本慶子 佐藤英敏 五島翔 松村香澄 ・アルバム『KASUMI the serious joker(松村香澄)』13曲目(※remix) 1999/3/26
想い 有森聡美 佐藤英敏 五島翔 桑谷夏子
堀江由衣
・アルバム『シスター・プリンセス オリジナル・サウンドトラック Angel Jukebox』Disk2、1曲目 2001/8/29
おやすみなさい 明日はおはよう 有森聡美 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・シングル『Fine colorday』2曲目
・アルバム『スターチャイルドSELECTION』Disk2、5曲目
・アルバム『VINTAGE S(林原めぐみ)』14曲目
・アルバム『万能文化猫娘 SONGS2 夏目ファミリー&ミシマインダストリィ編』10曲目(※TVサイズ)
1998/2/4
鏡の中のエトランゼ 成瀬緑 佐藤英敏 萩田光男 南野陽子 ・アルバム『GAUCHE(南野陽子)』3曲目 1989/7/12
限りない欲望の中に 有森聡美 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・シングル『限りない欲望の中に』1曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、13曲目
1996/5/22
風織の衣をその肩に 片桐幸代
田久保真見
佐藤英敏 YUPA 中原茂
井上和彦
・アルバム『遙かなる時空の中で2 小春日和』Disk2、4曲目 2006/9/27
GAL BURN CRYIN' 佐藤英敏 佐藤英敏 田代修二 CRIPTON ・アルバム『LADY REVOLUTION(Cripton)』7曲目 1995/2/21
キスキッス 只野菜摘 佐藤英敏 添田啓二 増川洋一 ・アルバム『仙界伝封神演義 歌宴』2曲目 1999/11/26
Give a reason 有森聡美 佐藤英敏 大平勉 林原めぐみ ・シングル『Give a reason』1曲目
・アルバム『bertemu(林原めぐみ)』1曲目
・アルバム『スターチャイルドSELECTION』Disk1、9曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、2曲目
・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk1、5曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、11曲目(※Ballade version)
・アルバム『VINTAGE White(林原めぐみ)』Disk1、7曲目
1996/4/24
 BRAVE SOULS
  ~ GIVE A REASON
Mamie.D.Lee
(李醒獅)
佐藤英敏 添田啓二 松村香澄 ・アルバム『KASUMI the serious joker(松村香澄)』8曲目(※remix) 1999/3/26
  BRAVE SOULS
   ~ GIVE A REASON
Mamie.D.Lee
(李醒獅)
佐藤英敏 添田啓二 L・O・N ・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk1、13曲目
・アルバム『スレイヤーズNext Sound Bible III』20曲目
1999/6/4
綺羅 藤林聖子 佐藤英敏 五島翔 小林沙苗 ・シングル『綺羅』1曲目 2003/3/12
question at me MEGUMI 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・シングル『question at me』1曲目
・アルバム『ふわり(林原めぐみ)』3曲目
1999/5/28
月光の蜘蛛糸 素肌の海賊船 田久保真見 佐藤英敏 YUPA 置鮎龍太郎
井上和彦
・アルバム『遙かなる時空の中で2 ~花鏡~』Disk1、2曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で2 ~花鏡~』Disk1、5曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で2 ~花鏡~』Disk1、6曲目
2005/2/2
GET ALONG 有森聡美 佐藤英敏 大平勉 林原めぐみ ・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk1、1曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk2、1曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、1曲目(※SelfTag Version)
1995/5/24
 POWER OF ∞ 奥井雅美
佐藤幸子
佐藤英敏 大平勉 Mabical Vox ・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk1、14曲目 1999/6/4
get the Mind 木本慶子 佐藤英敏 五島翔 松村香澄 ・アルバム『ジャポネス 初花月乙女紀行』9曲目 1999/2/18
月明の映し絵は柔らかく 田久保真見 佐藤英敏 YUPA 鳥海浩輔 ・アルバム『遙かなる時空の中で4 ~時巡の詩~』6曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で 10周年記念 Vol.4 地の八葉』Disk3、11曲目
2009/6/24
GOING UP! COMING DOWN! 岩里祐穂 佐藤英敏 米光亮 長与千種 ・アルバム『THRILLING SHOWER(長与千種)』6曲目
・LP『Thrilling Shower』A6曲目
1987/11/21
Going History 有森聡美 佐藤英敏 小野沢篤 林原めぐみ ・シングル『Going History』1曲目
・アルバム『bertemu(林原めぐみ)』13曲目
・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk1、3曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、12曲目
1995/12/6
心よ原始に戻れ 及川眠子 佐藤英敏 大森俊之 高橋洋子 ・シングル『魂のルフラン(高橋洋子)』2曲目 1997/2/21
 心よ原始に戻れ 及川眠子 佐藤英敏 大森俊之 林原めぐみ ・アルバム『Iravati(林原めぐみ)』9曲目(※Naked Flower Version) 1997/8/6
心よ最果ての氷原に 田久保真見 佐藤英敏 YUPA 井上和彦 ・アルバム『遙かなる時空の中で 10周年記念 Vol.4 地の八葉』Disk3、2曲目 2010/11/17
Successful Mission 有森聡美 佐藤英敏 矢吹俊郎 林原めぐみ ・シングル『Successful Mission』1曲目
・アルバム『Iravati(林原めぐみ)』3曲目
・アルバム『VINTAGE White(林原めぐみ)』Disk1、9曲目
1996/10/23
残酷な天使のテーゼ 及川眠子 佐藤英敏 大森俊之 高橋洋子 ・アルバム『スターチャイルドSELECTION』Disk1、5曲目(※Director's Edit.Version) 1995/10/25
 残酷な天使のテーゼ 及川眠子 佐藤英敏 大森俊之 林原めぐみ ・アルバム『bertemu(林原めぐみ)』4曲目(※AYANAMI Version) 1996/11/1
幸せの地図 さいとうみわこ 佐藤英敏 加藤みちあき 持田真樹 ・アルバム『春・夏・秋・冬』12曲目
・アルバム『持田真樹コレクション』6曲目
1994/9/7
SEEK! 木本慶子 佐藤英敏 五島翔 榎本温子 渡邊由紀 山本麻里安 ・アルバム『「彼氏彼女の事情」Setsu・Getsu・Ka』10曲目 1999/3/26
Shining Girl 有森聡美 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・シングル『MIDNIGHT BLUE』2曲目
・アルバム『bertemu(林原めぐみ)』10曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk2、6曲目
1995/7/21
灼熱の恋 有森聡美 佐藤英敏 小野沢篤 林原めぐみ ・シングル『Going History』2曲目
・アルバム『bertemu(林原めぐみ)』7曲目
・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk1、4曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk2、11曲目
1995/12/6
Just be conscious MEGUMI 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ ・シングル『Just be conscious』1曲目
・アルバム『Iravati(林原めぐみ)』8曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、6曲目
1996/7/5
STAR LUSTAR ─────── 佐藤英敏 佐藤英敏 大木雄司 ・アルバム『NONFICTION PANIC(RED DOLPHINS)』1曲目 1991/2/21
Starting again MEGUMI 佐藤英敏 たかはしごう 保志総一朗 ・シングル『Starting again(保志総一朗)』1曲目 2007/1/24
 Re.Starting again MEGUMI 佐藤英敏 たかはしごう 林原めぐみ ・アルバム『VINTAGE White(林原めぐみ)』Disk2、16曲目 2011/6/10
STAIRS IN DARK 岩里祐穂 佐藤英敏 笹路正徳 長与千種 ・アルバム『ハート・ライン(長与千種)』5曲目 1987/9/1
3D HEART 有森聡美 佐藤英敏 五島翔 TAMAGO ・マキシシングル『3D HEART』1曲目
・アルバム『タマゴロミックス』5曲目
2005/3/24
SLAYERS 4 the future S MOVEMENT 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ
松本保典
鈴木真仁
緑川光
・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk2、15曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk2、4曲目
1999/6/4
絶対少年 芳澤ルミ子 佐藤英敏 西崎憲 鈴木真仁 ・アルバム『絶対少年(鈴木真仁)』7曲目 1997/6/21
SEPARATE DRIVE
(風の中、追いかけて…)
森雪之丞 佐藤英敏 笹路正徳 長与千種 ・アルバム『THRILLING SHOWER(長与千種)』10曲目
・アルバム『ハート・ライン(長与千種)』7曲目
・LP『Thrilling Shower』A3曲目
1987/9/1
SO IN THE WORLD 有森聡美 佐藤英敏 大平勉 松本保典 ・アルバム『スレイヤーズTRY TREASURY VOX』9曲目 1997/6/21
空とみんなと笑顔におはよう! 有森聡美 佐藤英敏 五島翔 巫女委員会 ・アルバム『コミックスイメージアルバム「朝霧の巫女」』2曲目 2002/5/22
空のように・・・ 木本慶子 佐藤英敏 五島翔 君島セリア
(堀江由衣)
・アルバム『君島セリア/千年王国3銃士 バニーナイツ オリジナルサウンドトラック 私だけのアレスト』1曲目
・アルバム『ほっ?(堀江由衣)』4曲目
1999/8/27
Solid desire 木本慶子 佐藤英敏 添田啓二 松村香澄 ・アルバム『KASUMI the serious joker(松村香澄)』12曲目(※remix) 1999/3/26
~それから~ MEGUMI 佐藤英敏 小林信吾 林原めぐみ ・シングル『question at me』2曲目
・アルバム『ふわり(林原めぐみ)』7曲目
1999/5/28
退廃の戯れ 田久保真見 佐藤英敏 五島翔 置鮎龍太郎 ・アルバム『遙かなる時空の中で2 ~花をとめ~』8曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で2&3 キャラクターコレクション⑨特別編』2曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で 10周年記念 Vol.1 アクラム』1曲目
2003/8/6
Time Eater 佐藤英敏 佐藤英敏 上智 KEI UDAGAWA
KENICHI FUJII
HIDENORI NAGASE
YOSHINORI NAGAYAMA
・アルバム『TEENAGE SCRAMBLE(RED DOLPHINS)』4曲目 1991/8/21
TIME SLIP 童子海人 佐藤英敏 笹路正徳 長与千種 ・LP『Thrilling Shower』B3曲目
・アルバム『ハート・ライン(長与千種)』8曲目
1987/9/1
ダイヤモンド・レイン 只野菜摘 佐藤英敏 添田啓二 長与千種 ・シングル『BEAT GOES ON』2曲目 1988/12/16
Touch Yourself MEGUMI 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ ・シングル『限りない欲望の中に』2曲目
・アルバム『bertemu(林原めぐみ)』2曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk2、12曲目
1996/5/22
魂という赤紅き熱風よ 田久保真見 佐藤英敏 堀隆 三木眞一郎 ・アルバム『遙かなる時空の中で3 ありあけの歌』1曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で2&3 キャラクターコレクション⑤天の青龍 ~源頼忠&有川将臣~』1曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で 10周年記念 Vol.3 天の八葉』5曲目
2006/3/21
誰かがいない 松葉美保 佐藤英敏 Vink's 佐々木望 ・アルバム『子供たちは夜の住人』7曲目
・アルバム『runblefish(佐々木望)』3曲目
1992/11/6
小さな女の子は好きですか 木本慶子 佐藤英敏 五島翔 金田朋子 ・アルバム『ルーンプリンセス ヴォーカルアルバム』7曲目 2004/6/23
誓い -Under the starry night- 岩里祐穂 佐藤英敏 米光亮 長与千種 ・LP『Thrilling Shower』B2曲目?
・アルバム『ハート・ライン(長与千種)』3曲目?
1987/9/1
誓い -Under the starry night- 岩里祐穂 佐藤英敏 LOVE MOTION 長与千種 ・LP『Thrilling Shower』B2曲目?
・アルバム『ハート・ライン(長与千種)』3曲目?
1987/9/1
追伸 藤林聖子 佐藤英敏 井上日徳 菅野美穂 ・アルバム『HAPPY ICECREAM(菅野美穂)』6曲目
・アルバム『ゴールデン☆ベスト 菅野美穂 ~セレクション』6曲目
1995/8/2
TAKE YOUR COURAGE JASRACでは別IDとなっているが、「don't be discouraged」とほぼ同一メロディーのため、
「don't be discouraged」行下に記載
Deja vu MEGUMI 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・アルバム『Iravati(林原めぐみ)』5曲目 1997/8/6
DESTINY 只野菜摘 佐藤英敏 五島翔 島 涼香
かかずゆみ
・アルバム『「アキハバラ電脳組」Monument-C.T.i.A/H&H』3曲目 2000/2/25
don't be discouraged MEGUMI 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ ・シングル『don’t be discouraged』1曲目
・アルバム『スレイヤーズTRY TREASURY VOX』10曲目
・アルバム『スターチャイルドSELECTION』Disk1、17曲目
・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk1、10曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、4曲目
・アルバム『VINTAGE White(林原めぐみ)』Disk1、11曲目
1997/4/23
 TAKE YOUR COURAGE 鮎川めぐみ 佐藤英敏 磯村英司 L・O・N ・アルバム『スレイヤーズTRY TREASURY VOX』1曲目 1997/6/21
どうしたんだ?MYハート 岩里祐穂 佐藤英敏 難波弘之 長与千種 ・シングル『どうしたんだ?MYハート』A面 1988/2/21
two thumbs up! MEGUMI 佐藤英敏 たかはしごう 林原めぐみ ・アルバム『スレイヤーズ MEGUMIXXX』Disk1、1曲目 2020/3/25
DO YOUR BEST 松葉美保 佐藤英敏 五島翔 島 涼香 ・アルバム『「アキハバラ電脳組」Monument-C.T.i.A/H&H』2曲目 2000/2/25
TRUE SAMURAI 森由里子 佐藤英敏 YUPA 堀内賢雄
三木眞一郎
・アルバム『ネオロマンス・フレンズ』4曲目 2009/10/14
泣きつかれてた君を 工藤哲雄
佐藤英敏
佐藤英敏 重実徹 三国一夫 ・シングル『どこまでいける/泣きつかれてた君を』2曲目 1996/11/13
夏の日の想い出 KARL
山崎光
佐藤英敏 (調査中) The NaB's ・アルバム『Gooddays Sunnydays』8曲目 2003/7/16
7センチの距離 MEGUMI 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ ・アルバム『ふわり(林原めぐみ)』2曲目 1999/10/27
眠れないメモリー 谷穂ちろる 佐藤英敏 難波弘之 長与千種 ・シングル『どうしたんだ?MYハート』B面 1988/2/21
眠れない夜は・・・ 有森聡美 佐藤英敏 大平勉 奥井雅美
林原めぐみ
・アルバム『スレイヤーズえとせとら1』11曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk2、3曲目
・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk2、4曲目(※remix)
1995/7/5
日蝕の鍵穴 田久保真見 佐藤英敏 荻原祐二 置鮎龍太郎 ・アルバム『遥かなる時空の中で2~雪月花~』Disk2、1曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で2&3 キャラクターコレクション⑨特別編』3曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で 10周年記念 Vol.1 アクラム』3曲目
2006/12/6
NEVER NEVER GIVE UP ※「EXIT→RUNNING」の副題3扱いのため、
「EXIT→RUNNING」行下に記載
ノンフィクション・パニック 白峰美津子 佐藤英敏 岩崎文紀 RED DOLPHINS ・アルバム『NONFICTION PANIC(RED DOLPHINS)』3曲目 1991/2/21
ハートの行方
-memories forever-
松葉美保 佐藤英敏 VINK 林原めぐみ ・アルバム『Perfume(林原めぐみ)』12曲目 1992/8/5
初恋日和 只野菜摘 佐藤英敏 五島翔 Puppy's ・アルバム『電撃G’sラジオコンピレーションミニアルバム「Gラジ 音楽部」』4曲目 2004/1/21
HALF POINT 木本慶子 佐藤英敏 五島翔 宍戸留美 ・アルバム『MAHO堂CDコレクション ソロ 瀬川おんぷ』1曲目 2000/11/2
華も実もある人生だけど・・・ 松葉美保 佐藤英敏 小林信吾 本多知恵子
玉川紗己子
・アルバム『アキハバラ電脳組 Rubification-C.T.i.A/C.I.S』5曲目 1998/9/4
飛翔けゲキ・ガンガー3 松葉美保 佐藤英敏 添田啓二 金田めろん ・アルバム『機動戦艦ナデシコ 3』23曲目
・アルバム『ゲキ・ガンガー3 うたとおはなし大決戦!!』2曲目
1997/6/21
POWER OF ∞ JASRACでは別IDとなっているが、「GET ALONG」とほぼ同一メロディーのため、
「GET ALONG」行下に記載
be Natural 木本慶子 佐藤英敏 VINK 林原めぐみ ・アルバム『SPHERE(林原めぐみ)』12曲目 1994/7/2
閃光と疾走の絆 小泉宏孝 佐藤英敏 YUPA 高橋直純
宮田幸季
保志総一朗
・アルバム『遙かなる時空の中で2スペシャル うしろ向きじれっ隊』3曲目 2004/12/1
日々 是 温々 ────── 佐藤英敏 VINK ───── ・アルバム『万能文化猫娘 SOUND PHASE-02』3曲目 1992/11/21
氷翼の鷹泡沫の一葉 田久保真見 佐藤英敏 YUPA 三木眞一郎
保志総一朗
・アルバム『遙かなる時空の中で2 ~花鏡~』Disk1、4曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で2 ~花鏡~』Disk1、7曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で2 ~花鏡~』Disk1、8曲目
2005/2/2
Fine colorday MEGUMI 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ ・シングル『Fine colorday』1曲目
・アルバム『万能文化猫娘SONGS 真似木ヶ丘学園編』1曲目(※TVサイズ)
・アルバム『スターチャイルドSELECTION』Disk2、4曲目
1998/2/4
FAIR WIND JASRACでは別IDとなっているが、「Breeze」とほぼ同一メロディーのため、
「Breeze」行下に記載
ふたりぐらし MEGUMI 佐藤英敏 小林信吾 林原めぐみ ・アルバム『ふわり(林原めぐみ)』9曲目 1999/10/27
遊人 松葉美保 佐藤英敏 Vink's 佐々木望 ・アルバム『子供たちは夜の住人』1曲目
・アルバム『runblefish(佐々木望)』2曲目
1992/11/6
Breeze 有森聡美 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ ・シングル『don’t be discouraged』2曲目
・アルバム『スレイヤーズTRY TREASURY VOX』2曲目
・アルバム『スターチャイルドSELECTION』Disk1、16曲目
・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk1、9曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、3曲目
1997/4/23
 FAIR WIND 鮎川めぐみ 佐藤英敏 今泉洋 N・O・V・E ・アルバム『スレイヤーズ the BEST of SLAYERS』Disk1、12曲目
・アルバム『SLAYERS TRY TREASURY BGM』19曲目
1999/6/4
Proof of Myself MEGUMI 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ ・シングル『Proof of Myself』1曲目
・アルバム『ジャポネス 初花月乙女紀行』1曲目
1998/10/23
BRAVE SOULS ~ GIVE A REASON JASRACでは別IDとなっているが、「Give a reason」とほぼ同一メロディーのため、
Give a reason」行下に記載
Plenty of grit MEGUMI 佐藤英敏 大平勉 林原めぐみ ・シングル『Plenty of grit/Revolution』1曲目
・アルバム『CHOICE(林原めぐみ)』9曲目
・アルバム『VINTAGE White(林原めぐみ)』Disk2、11曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、16曲目(※TVサイズ)
2008/7/23
Front breaking MEGUMI 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・シングル『Front breaking/砂時計』1曲目
・アルバム『CHOICE(林原めぐみ)』10曲目
2009/2/18
ポップコーン・ハートビート 田久保真見 佐藤英敏 大川茂伸 WISH-WINGS ・アルバム『らぶドル Show 第二幕』16曲目 2005/6/22
born Legend 木本慶子 佐藤英敏 五島翔 松村香澄 ・アルバム『KASUMI the serious joker(松村香澄)』14曲目(remix) 1999/3/26
マーブルチョコの日々 椎名可憐 佐藤英敏 五島翔 望月久代
小林由美子
シスター・プリンセス
・アルバム『シスター・プリンセス オリジナル・サウンドトラック Angel Jukebox』Disk2、2曲目 2001/8/29
My life is perfect 木本慶子 佐藤英敏 五島翔 島津冴子 ・アルバム『万能文化猫娘 SONGS2 夏目ファミリー&ミシマインダストリィ編』1曲目 1998/4/3
真夜中のバレリーナ 森雪之丞 佐藤英敏 笹路正徳 長与千種 ・アルバム『THRILLING SHOWER(長与千種)』10曲目
・アルバム『ハート・ライン』11曲目
・LP『Thrilling Shower』A4曲目
1987/9/1
MIDNIGHT BLUE 有森聡美 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・シングル『MIDNIGHT BLUE』1曲目
・アルバム『bertemu(林原めぐみ)』5曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、5曲目
1995/7/21
見つめられたら
~when I fallin' love with you
松浦有希 佐藤英敏 五島翔 堀江由衣 ・アルバム『sky(堀江由衣)』4曲目 2003/7/24
観てくんなきゃ、暴れちゃうぞ! ────── 佐藤英敏 手塚理
VINK
───── ・アルバム『スレイヤーズえとせとら1』18曲目 1995/7/5
メガネファイブ参上! 有森聡美 佐藤英敏 YUPA TAMAGO ・マキシシングル『3D HEART』5曲目
・アルバム『タマゴロミックス』8曲目(※オリジナルバージョン)
2005/3/24
もう一度会えたなら 有森聡美 佐藤英敏 五島翔 麻生かほ里 ・アルバム『ナースエンジェルりりかSOS ~ハート・エイド・セカンド~』18曲目 1996/3/6
夢がたり 荒川稔久 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・アルバム『万能文化猫娘 SONGS2 夏目ファミリー&ミシマインダストリィ編』9曲目 1998/4/3
夕日の願い 有森聡美 佐藤英敏 堀隆 柚木涼香
かかずゆみ
・アルバム『シスター・プリンセス オリジナル・サウンドトラック Angel Jukebox』Disk2、5曲目 2001/8/29
夜明けのバレリーナ ────── 佐藤英敏 笹路正徳 長与千種 ・アルバム『ハート・ライン(長与千種)』1曲目 1987/9/1
予感・・・ さいとうみわこ 佐藤英敏 坂本昌之 よーみ ・シングル『夢は終わらない 〜こぼれ落ちる時の雫〜(よーみ)』2曲目 1998/12/19
4時から7時への哀しみ 森雪之丞 佐藤英敏 笹路正徳 長与千種 ・アルバム『ハート・ライン(長与千種)』10曲目
・アルバム『THRILLING SHOWER(長与千種)』4曲目
1987/9/1
Lively Motion MEGUMI 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・シングル『Proof of Myself』2曲目
・アルバム『ジャポネス 初花月乙女紀行』12曲目
1998/10/23
Love is 有森聡美 佐藤英敏 YUPA 松来未祐 ・アルバム『乙女はお姉さまに恋してる キャラクターソングシリーズ PART1 瑞穂・紫苑・まりや』2曲目 2006/7/26
爛漫の嵐を抱け 田久保真見 佐藤英敏 五島翔 中原茂
井上和彦
・アルバム『遥かなる時空の中で2~雪月花~』Disk1、6曲目 2003/12/10
Reflection MEGUMI 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ ・シングル『Reflection』1曲目
・アルバム『Iravati(林原めぐみ)』11曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、7曲目
1997/7/2
Living in the same time
~同じときを生きて
MEGUMI 佐藤英敏 VINK 林原めぐみ ・アルバム『SPHERE(林原めぐみ)』6曲目 1994/7/2
遼遠の旅路を行け 田久保真見 佐藤英敏 YUPA 三木眞一郎
関智一
高橋直純
宮田幸季
中原茂
井上和彦
保志総一朗
石田彰
・アルバム『遙かなる時空の中で 歌草紙 涼風の宴』Disk1、1曲目 2004/9/29
raging waves MEGUMI 佐藤英敏 添田啓二 林原めぐみ ・シングル『raging waves』1曲目
・アルバム『スレイヤーズMEGUMIX』Disk1、8曲目
・アルバム『VINTAGE White(林原めぐみ)』Disk1、14曲目
1998/7/3
瑠璃稲妻の決意 田久保真見 佐藤英敏 YUPA 関智一 ・アルバム『遙かなる時空の中で3 ありあけの歌』2曲目
・アルバム『遙かなる時空の中で 10周年記念 Vol.4 地の八葉』Disk1、7曲目
2010/11/17
LADY COMMANDERS 松葉美保 佐藤英敏 添田啓二 本多知恵子
玉川紗己子
かかずゆみ
・アルバム『アキハバラ電脳組 Rubification-C.T.i.A/C.I.S』7曲目
・アルバム『スタまにシリーズ:アキハバラ電脳組』6曲目
1998/9/4
lost in you MEGUMI 佐藤英敏 堀 隆 林原めぐみ ・シングル『unsteady』2曲目
・アルバム『feel well(林原めぐみ)』7曲目
2000/10/25
Rolling Your Dreams 佐藤英敏 佐藤英敏 大木雄司 RED DOLPHINS ・アルバム『NONFICTION PANIC(RED DOLPHINS)』2曲目 1991/2/21
Romanceしよう 吉田古奈美
荒木香恵
佐藤英敏 山崎淳 吉田古奈美
荒木香恵
・アルバム『Amitie(吉田古奈美,荒木香恵)』2曲目 1996/7/25
wild vision 石川雅敏 佐藤英敏 鳥山雄司 林浩治 ・シングル『Wild vision』1曲目
・アルバム『Hearts Whisper』3曲目
1995/11/22
忘れなくちゃね 桑原永江 佐藤英敏 岩崎文紀 菅野美穂 ・アルバム『HAPPY ICECREAM(菅野美穂)』8曲目
・アルバム『ゴールデン☆ベスト 菅野美穂 ~セレクション』8曲目
1995/8/2
私にハッピーバースデイ 松葉美保 佐藤英敏 五島翔 林原めぐみ ・アルバム『Perfume(林原めぐみ)』3曲目 1992/8/4
笑う科学者 木本慶子 佐藤英敏 五島翔 堀内賢雄 ※「いつだって青春」と同一メロディーだが、それぞれ独立行で記載
・アルバム『万能文化猫娘SONGS 真似木ヶ丘学園編』9曲目
1998/3/4
我は地を這う 及川眠子 佐藤英敏
大森俊之
鷺巣詩郎
CHOKKAKU
鷺巣詩郎
高畑充希 ・アルバム『映画「ヲタクに恋は難しい」The Songs Collection by 鷺巣詩郎』19曲目 2020/2/5

(*1)…JASRACでは「HOUSE CAT A」として登録されているが・・・
(*2)…ただし、JASRACでは「保志総一朗」氏のアーティスト登録なし・・・

※敬称略

「収録」列は私が収集したときを主体としているので、全網羅ではありません

※個人的に、アルファベットも含めて五十音順の方が何かと探しやすいので、見づらいかもしれませんが、ご容赦ください…。

以上、今後ともよろしくお願いします。

 

 

小説『Fall on Fall =俯瞰の秋=』(4/4)

 *****
 「子供のころ、足し算引き算をやっとおぼえた頃だったかな。もう、将棋がね、楽しくて楽しくてしょうがなくて。勝ったらそりゃあ嬉しいんだけど、負けると10コの勝ちが吹っ飛ぶくらい悔しい思いをするんですな。
  だから、負けたくないなぁと。勝つためにはどうしたらいいかなぁと。考えて考えて。ずっと考えてましたな。いや、でもそうしているときも楽しかったですよ?
  それでね、先日ふと気が付いたらもうこんなオジサンになってたってなわけで。本当に驚きですよ」

                    ――『中飛車を差しこなす本(佐波九段) 第四巻 第二章コラム』より

*****

 

 第四章 『祭のあとの祭』

 

 天高く馬肥ゆる秋。将棋には『馬の守りは金銀三枚』と呼ばれる格言がある。角行の成駒である〈馬〉は守備として強力な金将銀将の3枚分もの価値があるという意味合いだ。将棋に特化した格言なので、特に意味はない。なんとなく頭に浮かんだだけだ。
 さて、待ちに待ったと言うべきか、来てしまったというべきか、大矢高校の学校祭当日となった。時刻は9時30分。学校祭開始まであと30分だ。
 教室内展示の最終確認をする。結局、展示の方は斎諏訪の作ったソフトウェア――〈ヴィシュヌ〉と〈オーディン〉――をアップグレードしたものをメインに据えることにした。
 〈ヴィシュヌ〉は問題を作成すると、制限時間後に解答を出すようにした。制限時間以内に正答した場合、脇に置いてあるプリンターから認定証も出せるようになっている。斎諏訪曰く、〈色つき詰将棋〉については即興での作成は困難とのことで、合計15問をランダムに出題するように留めた。
 〈オーディン〉はレベル調整ができるようにして、対戦した強さで勝てた場合、やはり認定証も出せるようにしている。
 これらのアイディアを斎諏訪はきっちりと作り上げてしまったのだから、さすがというほかない。
 そのソフトウェアのコーナーは廊下側のほうに配置した。〈ヴィシュヌ〉と〈オーディン〉をそれぞれ1台ずつのパソコンで利用できるようになっている。高校の学校祭で催す将棋部コーナーに人々が大挙して押し寄せることなど考えづらいから、十分な設備といえよう。
 第二部の部活動部員が聞いたら怒られそうだが、スペースは有り余っている。ゆとりがあるのはいいことだが、有り余ったスペースは寂しさを感じてしまう。ということで、窓際には人と人が自由に対局ができるように、5組の盤と駒を積んで〈自由対局コーナー〉と銘打っておいた。小さな子供にいたずらをされてしまうと面倒なので、盤と駒はとりあえず積み重ねておき、使うときだけ出すようにしてある。
 さて準備万端、あとは来訪者を温かく迎えるばかりだ。
 早々にセッティングも済ませてしまうと、我が将棋部はまったくやることがなくなってしまった。
 美月はカバンから飲料を取り出して喉を潤している。斎諏訪は窓の外から中庭を見下ろしているようだ。
 僕は、将棋盤の下に駒台を四つ足のように置くことで良い駒音が出ないだろうかと試みるが、なかなか上手く行かない。いくつかの検証の結果、組となる駒台同士の高さはピタリと合うのだが、5組の駒台の間では全く同じ高さがないことが原因と分かった。がっくり。
 そうだ、今のうちにアレを渡そう。僕は盤と駒台を元のように戻すと自分の鞄のところに行き、がさごそと目的の物を探し出す。手にしたものを持って、美月のもとに向かう。
 「美月、これ。前に扇子もらったときのお礼」
 「何?」
 美月に渡したのは、先日〈まめしば〉でマスターから受け取った小袋だ。美月が袋を開けると、中から例の円筒形が現れる。
 「コーヒーポプリだよ。中にコーヒー豆の粉が入ってるんだ」
 キャップを外すと、中からはコーヒーの香りがあふれ出す。普通なら、いい香りがする小物。それ以上でも以下でもない。しかし、眠気が大敵の美月にとっては、ある種のお守りのような役割があるのではないかと考えた。それは気休めかもしれないが、僕自身が真剣に考えて美月に送る初めてのプレゼントだ。
 聡い彼女は僕の意図を理解してくれたのか、それ以上質問をすることはなく、静かに自分の携帯端末にくくり付け始めた。以前にあげた、というか欲しそうにしていたから渡したクマッタのストラップの隣にぶら下げられている。
 いつものように表情を大きくは変えることなかったが、そのことが肯定的に捉えられている何よりの証拠に思えて胸をなでおろした。
 と、窓際にいた斎諏訪が唐突に呼びかけてきた。
 「ぉぃ瀬田、ぁれなんだろぅな?」
 斎諏訪が指差した先には向かいの校舎がある。
 「あれ、ってどれのことだよ?」歩み寄りながら窓の外に眼を遣る。
 「ぁれだよ、キョゥドケンキュゥブ」
 言われて探すと、ちょうど2階の真ん中あたりに4つの窓にそれぞれ『きょう』『ど』『研究』『部』と装飾をした窓を見つけることができた。
 「郷土研究部って部活があって、その展示場所なんじゃないのか?」
 確か、第一回の定例生徒総会の本年度部活動組織一覧で第二部にそんな名前が載っていたような気がする。斎諏訪は総会に参加していないから知らないのだろうが。
 「ぉぃぉぃ、違和感丸出しじゃねぇかょ。『キョゥド』がなんでひらがななんだょ。そのせぃで、文字がすげぇ窮屈になってんだろ?」
 む……なるほど、言われてみれば。『ど』や『部』は窓一杯に堂々と描かれているのに対して、『きょう』と『研究』はぎゅっと圧縮されてしまってなんだか窮屈に見える。バランスも正直なところ良いとは言えない。
 それでも、『研究』の装飾に関する推測はある程度できた。
 窓は4つ。それに対して描きたい文字は郷土研究部、と五文字だ。少なくともどれかは他の文字と同居しないといけない。仮に、前の『きょう』『ど』が漢字だったとしても、アピール性から考えて『郷土』の方が重要といえる。
 そして、『研・究部』よりは『研究・部』の方がまだ違和感は少ない。『研究』の事情はそんなところだろう。
 僕は、そこまでの推論を斎諏訪に展開する。
 「まぁ、そこまでは異論なぃがな……」
 しかし、会話はふとそこで止まってしまった。
 「それはそぅと。第二部の部活は大変なんだぜ? 同じ教室を2っの部活で折半しなきゃならんのだからな」
 やけに詳しいなと思ったが、そういえば斎諏訪は7月までは第二部の電算研究部だったから設立の際にでも説明されていたのだろう。
 「折半って、部屋の真ん中に仕切りを作ったりしてか?」
 「ほとんどはそぅらしぃが、前半と後半に分ける方式もぁるとか。音ゃ匂ぃを発する部活動同士は即席の仕切り程度じゃどぅにも防げんだろうからな……」
 音はともかく、匂いって……。あぁ、でもアロマ研究部とかも存在するわけだしな。時間で区切る方式は大変そうだ。僕の頭の中には、もっこや三度傘を手にして右往左往している郷土研究部の人たちのイメージ画像が流れていた。
 ……ん? 我ながらバカな想像をしたものだと思っていたが、〈跳躍(リープ)〉は突然やってきた。
 「あっ。もしかして……」
 無意識のうちに言葉が出ていたようだ。斎諏訪だけでなく、小袋の中の紙片――説明書だろうか――を読んでいた美月もこちらを向いているのに気づいた。
 こう注目されると、もし間違っていた場合は赤っ恥ではないか。しかし、もはや後には退けない。
 「なんだょ? もしかして、何か分かったのか?」
 「あ……、まぁ。多分、だけど」
 「随分自信たっぷりだな……。もし外れてたら、ハルコーロ・ノハナ農園のブラックな」
 「なっ、なんでそうなる!?」
 「じゃ、あたしはナニカ農園のラテ」ちゃっかりと後方からも声。
 「いいだろうっ。もし合ってたら、お前おごれよ?」
 僕は斎諏訪にビシッと指を突きつけてから、大股で駒箱の群れに近づき、そのうちの一つから〈香〉と〈歩〉をピックアップして戻ってきた。
 「とりあえず、これを『きょう』『ど』の窓だと思ってくれ」
 2つの駒を前後に少しだけずらした状態で机の上に立てた。〈歩〉の方は逆向きにしているので、二人の方からは〈香〉と〈と〉が見えていることになる。
 「で?」斎諏訪が急かしてくる。
 「まず、こう。窓を開ける」〈香〉を左にスライドさせた。その結果〈香〉は〈と〉の後ろに隠れて見えなくなったはずだ。
 もったいぶっても仕方ない。僕はあとを続ける。
 「で、今度はこちらの窓を開け……いや、閉めるになるのか?」そして、〈と〉を右にスライドさせる。
 「すると、『ど』『きょう』になる。経を読む、読経研究部ってのがあるんだよ。多分、郷土研究部と読経研究部は同じ教室を使うことになってるんだ。それも前半と後半の時間で区切る方式で。
  それで、少しでも交代時の時間を短縮できるようにしたんだと思う」
 「読経ねぇ……」斎諏訪は今ひとつ納得していない表情だ。「そんな部活ぁんのかょ」
 名前だけでいうなら、電算研究部の方がどんな部活か分かりづらいぞと心の中でつぶやく。
 なにか、立証できないものかなと思っていると、珍しく絶妙のタイミングで泉西先生がやってきた。その手には学園祭のパンフレットが丸められている。
 「諸君、元気に――」
 「――泉西先生、ちょっとそれ貸してください!」僕の真剣な表情に気圧されてか、これまた珍しく「お、おぉ」と素直にパンフレットを手渡してくれた。
 パンフレットを受け取ると同時に、ぱらぱらとページをめくる。
 斎諏訪と二人でそれを覗き込むと、僕の推理を裏付けるかのように『2-C教室 郷土研究部(10:00~13:25)、読経研究部(13:35~17:00)』という記載がされていた。
 渋面を浮かべる斎諏訪に僕は「男子バレー部がやってるジュースバーのバナナソーダでいいや」と声を投げ掛けてやった。
 「……ち」斎諏訪は舌打ちをしていたが、やがて良いことを思いついたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて「だが、時間までは指定してぃなかったのは手落ちだったな。投売りタイムになるまで待たせてもらぉぅ!」と嬉しそうに笑った。
 おごらなくて済んだだけで十分なので、僕は手を振って「はいはい」と合意をした。
 念のため、パンフレットの中に記載されている他の催し物やプログラムなどもチェックしてみた。数日前に奥地会長から教えてもらうことができた事前情報からは特に変更は入っていないようで一安心する。
 と。部屋に泉西先生の怒号が響き渡った。
 「瀬田! てめー、謀りやがったな!?」
 その指先には『評価もやってます』という貼り紙がある。将棋部で最も字が綺麗な美月が書いたものだ。
 「『ヒョウカもやってます』で妥結したじゃないですか。大人なら、自分の発言に責任持ってください」
 「ちょ、きぱぱぱぱぱちょきぱ……」泉西先生は不思議な音で唸り声を上げる。
 「なんすか、その奇怪な声は……」
 「『グゥ』の音が出なくなって、『パァ』『チョキ』の音しか出なくなったんだよ。そんくらい、分かれ!」
 「分かりませんよ……」
 「かくなるうえは……。祭の飲食物を独占し、倍の値段で販売して大儲けしてやる! ははは、今から俺のことは『飲食を牛耳る覇王・泉西潮成』と呼ぶことだな!」
 そう吐き捨てて、泉西先生は全速力で校庭に広がる模擬店テントに向かって行った。
 そのとき、絶好のタイミングで校内放送のチャイムが入った。
 「ただいまより、第52回大矢高校学校祭をはじめます。まず開会挨拶を奥地尚志生徒会長、お願いします……」
 よし、行動開始だ。
 「美月! 行くぞ!」
 「はいはい」
 僕は、今朝方お願いしていたあることのために、美月に合図を送った。
 「斎諏訪、あとは任せた」
 「ぁぃょ」
 
 早足で目的の場所に到着した。ドアを開けると、ふわっと何種類もの複雑な匂いが体を包み込んでくる。
 部屋の中を見回すと、正面置くに生徒が二人腰掛けている。恐らく、ここの部員だろう。僕たちは歩み寄るとそのうちの一人に話しかけた。
 「あ、えーと。アロマテスト挑戦したいんすけど」
 時間は10時5分。会場が10時だから、学校祭開始直後といっていい時間だ。特別棟4階の一室であるアロマ研究部展示室に一般客が来れるタイミングではない。
 「は、はぁ……」戸惑いを隠そうともせず、部員の一人は頷く。
 「……では、難易度はどうしましょう?」
 部員はA2サイズの画用紙を取り出すと、説明をはじめる。
 難易度は5段階に分かれており、難しいほど正解したときの景品が高額なものになっていくという分かり易いシステムになっていた。
 そして、レベル5の景品は奥地会長に聞いた前情報のとおり、つい先月発売されたばかりの据え置き型のゲーム機だった。当然、アロマ研究部としても目玉景品の位置づけだが――。
 僕は迷わず、最も難しいレベル5を選んだ。部員はそれを聞いて、口元をにやりとした。
 「それでは、まず最初にこれを覚えてください」そういって、木箱を一つ渡された。箱は5×6に区切られて、30個の小さなガラスびんが収められている。
 蓋のところには〈ユーカリ〉とか〈ローズマリー〉といった文字が書いてある。おそらく中に入っているアロマオイルの名称だろう。
 「まず、これで香りと名前を1分間で覚えていただき、このあと香りを数種類混ぜたものを正確に答えてもらう段取りです。それでは、スタート!」
 「わっ! いきなり?」
 突然スタートしたのにも驚いたが、30個のビンを1分間でというのは無茶苦茶だ。開ける・嗅ぐ・閉める、を1セットの動作と考えると、全て開ける時間すらなさそうだ。咄嗟にそう判断して、既に知っている〈ミント〉や〈バラ〉は手に取らず、〈イランイラン〉や〈ローズウッド〉といった耳慣れないものをピックアップしていく。
 それでも、鼻の中で匂いが混じってしまい、恐らくは正確な匂いは覚えられていない気がする。さすが、レベル5。想像以上に厳しい戦いだ。
 「そこまで!」掛け声と共に、ガラスびんは回収されていった。そして、入れ替わりに掌サイズのケースが手渡された。
 「レベル5なので、5種類混ぜてあります。制限時間は30秒です。では、どうぞ」
 蓋を取り、僕はゆっくりと匂いの判定を始める。なんだか、甘酸っぱいようなほろ苦いようなそれでいて切ない気持ちに……って初恋か!
 酸っぱいのは〈レモングラス〉か〈レモン〉の気がするが他の匂いと混じりあったせいで、どちらと断定できる程ではない。甘い香りも花というよりは果実っぽい気がするが特定の名前は浮かんでこない。ほろ苦いもの関しては意味不明だ。さっきの中にあっただろうか……。
 「はい、時間です。じゃあ、答えを……」
 部員に急かされながら、僕はぽつりぽつりと回答していく。自信は全くなかったが、答えは先程の30種類の中にあるわけだから、可能性はゼロではない。
 「……。……残念っ!」
 やや焦らした間を取りつつ、部員はやや嬉しそうにそう宣言した。とはいえ、結果は3つ当たっていた。我ながら健闘したほうではないか、と言い聞かせることにした。
 しかし、これで終わりではない。ここまではまだ計画の範囲内だ。僕は後方に眼で合図して席を立つ、応じるように美月が椅子に腰掛ける。
 僕がクリアできたらそれはそれで問題ないが、それは相当厳しいだろう。だから、僕はできるだけ多くの情報を引き出す先鋒に徹したのだ。
 出題形式や傾向を少しでも多く見ることで、本丸である美月の正答率はそこそこ補強できるはずだ。
 「説明は聞いてましたよね? じゃあ、はじめますよ……はい、スタート!」
 号令を聞くなり、美月は木箱を直角に回して横から縦にした。正面から見ると、縦6個、横5個になった格好だ。そして、びんを器用に右の4本の指で縦の3つずつ取り出し、左手の4つの指で一気に3つとも開ける。3つの匂いをかぎ終わると、逆再生のように、蓋を閉めて元あったように木箱に戻す。ここまできっちり6秒。それを同じように着実にこなしていく。
 なるほど、時間を6秒×10回に使う作戦を考えたようだ。蓋を開けるオーバーヘッドを考えると効率的に思える。と、同時に美月のウィークポイントを改めて感じさせられる。
 味や匂いといった文字に表現しづらい情報というのは、前日からの引継ぎが難しいのだろう。僕が嗅ぐまでもない、と飛ばしていた〈ミント〉や〈バラ〉の香りも美月は念のため『覚えなおす』必要があるのだ。それでも、一度覚えてしまえばきっと僕なんかより正確に記憶できるに決まっている。
 「そこまで!」僕のときと同様に、掌サイズのケースが手渡される。
 「制限時間は30秒です。では、どうぞ」
 部員の合図を聞き届け、蓋を開ける美月。僅かに眉根をひそめたのを見て、僕は一瞬ドキッとなる。もしかして、美月をもってしても分からない難問か? それとも、5種もの匂いが混じったことで不快な香りが生成されたということか?
 30秒が終わり、部員が回答を促す。それに対し、美月は淀みなく5つの香りの名称を答えた。
 「……せ、正……解で……す」呟いた部員の顔は若干引きつっていた。きっと、部員内で何度も検証を重ねた結果、誰一人当てられやしないということを確証していたのだろう。何故こんなものが分かるんだ、そう顔に書いてある。
 しかも、学校祭はまだ始まったばかり。一般客がやってくる前に、目玉商品は既になくなってしまっている……という不測の事態だ。
 「じゃあ早速景品を……」
 「い、いやぁ、あのーその、ちょっと、えーとお待ちいただけますか?」動揺しまくる部員。明らかに時間稼ぎだ。しばらく、押し問答をしていると、教室の扉が勢い良く開いた。
 現れたのは、男にしては睫毛の長い伊達男だった。傍らに居るのは、先程ここにいた部員その2だ。今は、僅かに息を切らせている。
 彼が急いで状況報告に行った相手ということは……この人がアロマ研究部部長か。
 「すみませんねぇ。彼は1年なんでちゃんと把握していなくて……」部屋の中をずんずんと入りながら、部長は話しかけてきた。そして、そのまま『関係者以外立ち入り禁止』の衝立の向こうへ消えていく。
 「ちょうど今朝準備をしているときに、三役で色々と検討を重ねましてね……」声は向こうからなおも聞こえてくる。
 「レベル5は問題を二つ出すことにしていたんですが。いやぁ、組織内の伝達不備があったことについては、まことに申し訳ない」そういって、新たなケースを美月に手渡してきた。
 「当方も高額商品がかかっておりますのでね、何卒ご理解を頂きますよう。さて、これは難問ですよ。ふふ……。こら、ボーっとしていないで開始の合図を」
 「は、はい。そ、それではスタート!」
 美月は受け取ったケースの蓋を開けた。すると、香ばしい芳香が僕のところまで漂ってきた。ん? これってもしかして……。
 「えぇ。お察しの通りコーヒーです。香水販売のところにもよくあるでしょ? 鼻腔をリセットするのにちょうどいいんですよ。アロマ研でも使ってるんです。さて……、今回のは厳密に――豆の種別とローストまであてて貰いましょうか。何せ、レベル5の2問目ですので」
 奥地会長からアロマ研部長の人物像は事前にいろいろと聞いてはいたものの、想像以上の食わせ者だ。
 明らかに、想定外の事態を受けて咄嗟に用意した追加問題としか思えない。しかし、悔しいことにこちらにそれを咎めるすべは無い。僕や美月がいかにコーヒー好きだと言っても、品種やローストの仕方までは普段意識していないし、当てずっぽうで当てられるほどの確率ではないだろう。
 「これで本当に最後?」美月がまっすぐに部長を見据えて尋ねる。「もちろんだよ」部長は眼を細めて言う。自信満々だ。
 美月はケースに鼻を近づけて芳香を確認している。そして、ケースをゆっくりと放し、蓋を閉めると、
 「ハルコーロ・ノハナ農園のカツーラ種、シティロースト」しっかりとした口調で答えた。
 余りに淀みなく流れ出たフレーズに部長の表情が自信満々のまま固まる。……って、おいおい、もしかして。
 「当たり、か?」僕の呟きに我を取り戻す部長。前髪をかき上げながら「……いやいや。紛らわしくて申し訳ない。あまりに唐突に回答されたものだから固まってしまったよ」
 「正解でしょ」
 だが、美月は引き下がらなかった。へらへらと笑っている部長の目を射抜くように見ている。
 「これと完全一致してるんだから」そういって、携帯端末のストラップを揺らしてみせた。
 「あ……」
 それは、僕がさっきプレゼントしたコーヒーポプリだった。そこで、ふと頭の中にあることが浮かび上がる。コーヒーポプリを受け取ったときに、同じ豆が売り切れていたことを。その買い手はこのアロマ研部長だったのだろう。
 嗅いだ匂いがどんな豆かを推測するのは、茫洋とした海をあてもなく漂うようなものだ。しかし、記憶に新しい匂いと一致しているかどうか判断すること自体は、精緻な処理能力を持つ美月にしてみれば容易な作業なのだろう。自信満々に正解を主張した理由がやっと理解できた。
 「そのコーヒー豆、昨日〈まめしば〉で買ったものですよね?」
 再び固まる部長の顔。今度は、少し右頬が引きつっているように見えた。その顔が、その通り、と雄弁に物語っている。
 「なんなら、マスターに公正にジャッジしてもらいますか? 今日、学校祭来るっていってたし」
 〈まめしば〉に通う者ならば、あのマスターのコーヒー豆に対する鬼嗅覚は熟知しているはずだ。
 トドメの言葉を聞いて、部長はガックリと肩を落としてうな垂れた。

 *****

 「あれで良かったの?」
 廊下を歩きながら美月が僕に尋ねてきた。
 あれ、というのはさっきの顛末のことだろう。

 「え? 祭が終わるまでは景品を預けておくだって?」
 「そうです。どうせ、あの最終問題を正解できる人はそうはいないでしょう?」それにアロマ研究部の部屋にそれほど多くの客が集まるとは思えないですし……、という台詞は心の中だけにしまっておいた。
 部長はこの申し出を喜んで受け入れた。恐らく、次はどんな手を使ってでも最終問題を正解にしない工作をするつもりだろう。とすれば、あとは最高額の景品がまだ存在してますよという体裁が整っていればよいのだ。
 「あ、祭後っていっても俺は音夜祭があるんで、代理を立てさせてもらいます。多分、手許を見てもらえば将棋部関係者だって分かると思いますんで」
 「うんうん」
 「その代理に景品を譲ろうと思うんですが、本人が特にいらないって言うようだったら渡さなくてもいいです」
 「うんうん」
 「最終的には、その代理の言うことに従ってもらえますか?」
 「うんうん」
 優秀なイエスマンと貸したアロマ研部長は僕の言葉に何度も何度も首を縦に振っていたのだった。

 将棋部の当番は、斎諏訪・美月・僕の順番になっていた。
 美月の担当時間が来るまで一緒に校内を巡ってみたり、甘味をおごらされたりした。
 美月と別れた後は、陸上部の焼きそばを約束どおり買いに行ったり、催し物の冷やかしをしたりして、初めての大矢高校学校祭を大いに満喫した。
 気が向いて、料理研究部の部屋を訪れると、部屋中に砂糖とバターを主成分とした甘くて良いかおりが漂っていた。
 丁寧に包装されたお菓子に囲まれるようにして料理部員達が売り子をやっている。その中に、おっとり縦ロール――蒼井さんの姿をみつけて声を掛けた。
 「ども」
 「……いらっしゃいませ~。……あら~? 瀬田くん~?」
 僕は視線を品々に巡らせる。と、その中に4つ重なったお菓子の箱を発見した。
 「……おかげさまで順調なの~。午前だけで6個売れてるの~」
 それは何より。あのチョコ、濃厚で美味しかったからなぁ。先日いただいた、お礼の1個を思い出すと口の中が幸せで満ち溢れる。きっと買った人たちも大満足だろう。
 「あ、『ハッピーボックス♪』って名前にしたんすね」
 「……ふふ~。なかなかでしょ~」
 サンプルもよく見えるように置かれているが、確かにネーミングもこうすると分かり易い。
 ちょうど、2×5の真ん中だけを3つに区切ってある構図だ。そう、間仕切りの部分を真上から見ると……『幸』の字のようになっているのだ。

 

図_ハッピーボックス

図_ハッピーボックス

 

 先日、僕が思いついたアイディアは蒼井さんに受け入れられ、それが購入という実績として何人ものお客さんにも受け入れられたのである。
 咄嗟の機転がここまでになったんだなと感慨にふける。今日の音夜祭に向けて縁起がいいなと思った。
 
 *****
 
 僕が担当の時間になったので、将棋部部室に戻り美月と交代した。
 本来は美月の担当時間帯だが、行きたい場所も特にないのか、斎諏訪も部室内にたむろしていた。
 「売り切れてたら、約束違反なわけだからすごいペナルティだぞ」
 日頃たかられてばかりなので、僕は少し脅してみた。
 「ちっ、しゃぁなぃ、男子バレー部のバナナソーダとゃらを買ぃに行ってくるか」斎諏訪はノートパソコンをパタンと閉じると、「小太りには階段昇降は心臓破りの苦役だとぃぅことを忘れるな」と声高に言い放って教室を出て行った。
 教室には人はなかなかやってこなかった。入り口辺りにちらほらと人が通っていく姿は見えるのだが、なかなか中にまで入ってくる人は少ない。かといって、飲食店でもないので呼び込みをするのも逆に入りにくさを助長してしまいそうだ。
 座っているのも疲れるので、席を立ち、窓際に立って伸びをする。遠くの方ではもう日が傾いてきていた。
 と、そのとき「まだ、やってる?」入口の方から声がした。
 見遣ると、ベージュのジャケットとスラックスを着たほっそりとした男の人が立っていた。雰囲気や物腰からして、高校生ではないと予感した。かといって、社会人といった感じでもない。消去法で大学生あたりだろう。
 「大丈夫ですよ。あと30分くらいですけれど」僕は壁掛け時計をみながら答えた。
 大学生は応じると、部屋の中に入り、展示物をゆっくりと見て回っていく。
 と、大学生は窓際の盤と駒の近くまで行くと、「君と、将棋もできるの?」と言ってきた。
 大学の将棋部だろうか。僕の実力を図り、眼鏡に適ったらスカウトすることが目的か? いや、だとしたらこんなに遅い時間に来る理由が分からない。
 ただ、特に断る理由もないので、僕は「もちろんです」と言って椅子から腰をあげた。
 「あ、いいよ。持っていくから」
 そういって、盤と駒、そして駒台を二つ持つとこちらへ歩み寄ってきた。
 時間もそれほどない。僕たちは手早く駒を並べて、振り駒まで手際よくこなす。僕が先手になった。
 戦型は急戦ではなく、相矢倉で駒組みを進めるじっくりとした展開になった。場が落ち着いていることもあってか、ぽつりぽつりと大学生の方から話しかけてきた。
 通常、対局中に会話をするのはあまり良いマナーとはいえない。中には、〈口三味線〉と呼ばれる盤外戦術を使う人もいる。例えば、「あぁ、こりゃもうダメだな……」と油断させるようなことをいいながら起死回生の一手を用意したり、「ここで仕掛けてくるようなバカはいなだろうからなぁ」と仕掛けの一手をけん制してみたり。
 しかし、この大学生の会話はそういったものではなく、将棋部の活動や今回の展示についてなど対局の内容とは関係のないものばかりだった。
 だから、僕はその会話に不快をいただくことなく丁寧に応じながら手を進めることができた。
 ここまで順調に進めてきたが、はたと大学生の手が止まった。確かにここは難しい局面だ。一歩間違えれば敗因になりそうで、逆に、的確に指せれば明確に優勢にできそうでもある。考えられるなら、5分でも10分でも考えたいところだ。
 しかし、大学生は数秒考えただけで「えい」と手を指した。
 その後は、お互いに手が止まることもなくすんなりと終局へと向かっていった。そして、結果的にその場面が勝負を分けたポイントとなった。
 「いやぁ、参りました。君、強いねぇ」
 大学生が投了し、対局は僕の勝ちで終了した。その結果に僕自身、思った以上の安堵を感じたことに気づく。
 最後に将棋を指したのが大会だから、あのときの2連敗以来、連敗を止める久し振りの勝ちとなったからだろう。
 何気なく壁掛け時計の方をみると、学校祭終了10分前だった。
 それに気づいて、大学生の方が「あ、すまないね。もう時間か」と駒の片付けを始める。
 「あ、そんなに急がなくても大丈夫ですよ。片づけも、俺達がやっておきますし」僕はそういって、手をかざす。
 それよりも。僕はずっと心の中にあって、徐々に大きくなってきている衝動を抑えきれなくなっていた。
 この機会を逃してしまったら、きっと後で後悔する。そう思ったから、思い切って口にすることにした。
 「人違いだったらすみません」僕はさらに続ける。「大矢高元将棋部の高砂千智先輩、ですよね……?」
 
 *****
 
 10月中旬の17時ともなれば、屋外はもう明るさが失われている。校庭に散在する照明も既に電源が入りはじめている。
 昼間の強烈な陽光がなくなり、相対的に蛍光灯に照らされている教室はとても明るく感じた。
 僕の問いに、しばらくの沈黙のあと、大学生は「どうして、そう思うんだい?」とだけ応じた。
 「まず外見から、高校生以上社会人未満かなと感じました。
  それに、部活の中には片付けをはじめるこの時間帯になっての来訪。この時間帯は教師が定期打ち合わせをする時間帯らしいですね。泉西先生がいない時間帯を狙ってきたようにも思えます。そして……」
 僕は自分の側の駒台と大学生の方の駒台を並べる。「やっぱり高さが合いましたね」
 対局をするために道具を取り出すあの一瞬で高さの同じ駒台を選んだのは、偶然でないとしたら、かつて使っていたことがある者と考えても乱暴ではないだろう。
 「……なるほど」僕が考えを伝えると、大学生は満足したように頷いた。「今日は、かき氷やらなかったの?」
 大学生、いや高砂先輩は辺りを見回す。
 「もしかして、先輩のときはやったんですか?」
 一瞬の間。過去の記憶がまざまざと蘇ったのだろうか、高砂先輩は破顔して口を開いた。
 「やった。やったよ……。泉西先生が絶対やるぞって強引にね。そう、それで泉西先生が用意した板氷が大きすぎて機械に入らなくて……。空手部に割らせようとして顧問同志が押し問答になるし、部屋はどんどん寒くなっていくし、結局、かき氷は一口も食べられなかったし、散々だったよ」
 高砂先輩は遠くのほうに焦点を合わせるようにして懐柔していた。どうやら泉西先生はどれだけ時間を前後させても挙動は変わっていないらしい。金太郎飴のような人である。
 「僕が転校することになる直前、部員は3年生が5人、2年生はゼロ、1年生は僕一人だった。だから翌年、将棋部は廃部になったと思っていたんだ。でも、高校のウェヴサイトを見ると毎年毎年将棋部のページは残っていてさ。
  『大江のじっちゃんとは仲がいいから、後片付けは俺が頼んどく』って泉西先生がいうからウェヴサイトの削除依頼は任せていたんだけど」
 あの泉西先生だ。もちろん、単に忘れていたり連絡不備をしていた可能性はある。しかし、将棋部が第一部として存続していたこともなにか裏を感じさせる。なかなか想像がしにくいが、僕たちの知らないところで、あの奇天烈な顧問は高校内で根回しや奔走をしていたのかもしれない。
 「で、つい最近アクセスしたら、ページががらっと変わっていて。大会で、優勝とか4位とか取ってるって知ってさ」
 頑張ってメンテしているページを観ているユーザ――それも僕たちの先輩――がいたことを知ったら、あの斎諏訪もさぞ喜ぶことだろう。
 「改めて、大会おめでとう。部活動自体は楽しいものだろうけど、大会で結果が残せるとまた違った充実感が出てくるだろうしね」
 正直なところ、4位という結果は未だに自分の中では消化し切れていないところでもあるのだが、ここは部活全体に対するお言葉だ。部長として、丁寧にお礼を述べた。
 しかし、逆に気になったのは高砂先輩の方だ。大会の日に泉西先生たちが話していた内容を聞く限り、高砂先輩は1年生に大矢高生として出場したのが高校生活最初で最後の大会となってしまっていたはずだ。
 「俺が言うのもなんですけど……長殖の今井先生も難しい人ですよね」僕は言葉を慎重に選びながら話した。
 後輩からとはいえ、同情されることで多少は傷が癒やすことはできないものだろうかという思いだったが、
 「なにがだい?」
 当の先輩には旨く伝わっていなかったのか、不思議そうな表情を浮かべている。
 「生え抜き優先で、大会に出場させてもらえなかったとか聞いたんですけど……」
 言い出してしまった手前、仕方なく具体的なキーワードを出しながら続けた。
 高砂先輩は静かに聴いていたが、やがて「……泉西先生がそう言っていたのかな?」とだけ返した。
 僕は首肯する。やや間があいて、高砂先輩は口を開いた。
 「確かに、今井先生は生え抜き優先主義なのは間違いない。だけど、ちょっと違うんだよ」
 「え?」
 高砂先輩は転がっていた駒の中から、すっと〈王〉を抜き出すと静かにカチッと盤に打ち付けた。綺麗な手つきだった。
 「僕は、自分から将棋をやめたんだ」
 
 *****
 
 「結局のところ、自分で気づいてしまったんだよ。自分がそれまで将棋で勝ち続けられていたのは、倍率が少なかったからなんだ、ってね。
  スポーツ、漫画、アニメ、テレビゲーム……世の中に面白いもの、楽しいものはいくらでもある。娯楽は時代とともに増えていく一方だ。そんな中で、将棋だけに時間を使い続けられる子供ってどのくらいいるだろうか。
  そして、子供だから実力にはムラがある。多少のミスをしても無理やり押し切れたり、ひっそり仕掛けた一発逆転の手をまんまと成功させることだってそこそこ起こりえた。
  でも、年齢が上がっていくと、次第に事情は変わってくる。伸び悩んだり、不思議と勝てなくなったりする。そう、本当の才能を持った奴には全く敵わなくなるんだ……」
 静かに耳を傾けていた僕は、自分の中で最後にわだかまっていたものが溶かされたのを感じた。
 この間の大会で感じた違和感。スランプなどではなく、自分自身の実力と伸びしろを客観的に感じ取ったのかもしれない。
 こういった過去のカミングアウトはさぞ苦渋の表情で語っているのだろうと思いきや、そっと窺ったその表情は随分とスッキリしていたのだった。
 「でもね? 将棋を捨てたわけじゃないんだ。まぁ一時期、全く近づいていないときも確かにあったけどね。
  部活やサークルに入っていないけど、時々コンピュータ将棋で対戦したり、遠くのタイトル戦をわざわざ観戦しに行ったりね。大学生は時間があるから……。
  あの頃の自分は勝つことしか頭になかったけど、今は指すこと自体が楽しいんだよね。勝っても負けてもさ」
 僕は理解した。高砂先輩は、少し遠回りしたけれど、『自分自身と将棋との適切な距離』を掴むことができたのだ。
 「おっと、ずいぶん話し込んじゃったようだ。僕はそろそろ行くよ」そういうと、立ち上がりドアの方へ素早く歩いていく。
 僕も見送るために慌てて後を追う。ドアの下をくぐろうとしたまさにそのとき、高砂先輩はピタッと立ち止まった。
 「たった3歳しか違わないから、偉そうなことを言えるような立場じゃないんだけど……。この高校で学んだことだからこそ言っておきたいんだ」
 そして、身体を僕の方へ正対させる。
 「本当につらい時に必要なのは栄光じゃない。くだらなかったり、馬鹿馬鹿しかったり、そのときは何てことない平凡なことが必要なんだ、って思った。
  毎日を、毎日の高校生活を大事にしてください」
 そういって、こちらに右手を指し伸ばしてきた。僕は右手でそれに応じた。
 
 *****
 
 高砂先輩が去ってから、しばらくして斎諏訪と泉西先生が戻ってきた。
 気合の入った部活は今日だけでは片づけきれず、明日の朝に再開するらしい。我が将棋部は気合いが入っていないので、片付けはそれほど人手も必要としない。
 僕はこの後〈音夜祭〉があるし、片付けの大半はコンピュータ関連のものなので、片付けは基本的に斎諏訪に一任している。将棋盤と駒といった備品の片付けだけ僕が行う段取りだ。
 (斎諏訪は「小太りには以下略~!」と叫んでいたが、聞こえないふりをする)
 時計を見ると時間は18時00分。長いようで短かった学校祭は無事終了した。
 「〈ヴィシュヌ〉が13人、〈オーディン〉が5人か。まぁ、まずまずか」斎諏訪は集計画面を開いて確認をしている。
 「課金の仕組みを作っておけば良かったのによー」この期に及んでそんなことを言う大人が一人。
 「じゃ、俺はそろそろ行って来ますんで」
 僕は、盤の上に駒やら駒台やらカバンやらを乗っけて教室を後にしようとする。と、泉西先生が目を細めながら近づいてくる。
 「おい、瀬田!」
 「なんです?」
 高砂先輩のことを探られるか、と思いきやどっこい大丈夫。今の僕は努力する必要もなく、心の中は音夜祭でいっぱいだ。
 しかし、泉西先生は僕の間近まで近づいてきてこんなことを言ってきた。
 「ちっ。やっぱ、同世代の方が話し易いってことか?」
 「なんのことです?」カマをかけられてると思い、瞬時に僕はすっとぼける。泉西先生は、懐からすっと何かを取り出す。それは……?
 「双眼鏡だ。対岸の屋上からな、良ーく見えんだよ。まぁ、もう三年もやってっから慣れたもんだぜ」
 三年、つまり高砂先輩が卒業してから毎年やっていたわけか……。本当にこの人は、色々な意味で教師の枠を外れすぎているといわざるを得ない。
 「まぁ、これで俺さまもあいつも一応整理がついたってとこだぜ」
 泉西先生は扇子を取り出すと、パタパタと仰ぎ始める。
 「……もしかしてなんすけど」
 「なんだよお前。……あ? ん……。うっせーな、違ぇよ! 金儲けだって言っただろうが。早く、緑黄色野菜だかなんだかに行っちまえよ!」
 僕は追い立てられるように部屋を後にすることになった。
 泉西先生は人の心の中も筒抜けに分かる能力を持っているくせに、自身の表情も筒抜けといっていいほど分かり易い。だから僕は得心したと同時に、今回ばかりは少し悪いことをしたかという気持ちになった。
 あんなにかき氷を執拗にやりたがってたのは、やはり高砂先輩に自慢のかき氷を食べさせたかったからだった、に違いないと僕は確信した。

 体育館の集合場所に着くと、既に高楠先輩と久慈くんがウォームアップを始めていた。
 音夜祭に出演する12組の順番は基本的に合議で決められた。
 最初と最後の3組は希望する人達が集中したので、話し合いやジャンケンで決まり、残りは特にこだわりもなかったのでアミダクジとなった。
 仏の思召しが何を意味するのか、僕たちの演奏順は最後から4番目だ。
 時間が経つのが長く感じるのか、短く感じるのかもよくわからない。徐々に緊張してくるのを感じる。しかし、上には上がいた。
 傍らに立ち、僕に緊張しないような施策要求を繰り返してきた高楠先輩は顔色が文字通り青く見える。
 「な、な、なぁ。き、今日、どうする?」
 「『どうする』って何がです?」
 「だから……、演奏……」
 「……まさか、ここまで来て『やめます』じゃないですよね!?」
 「だって、見、見てみ? あの、人、人、人!」
 「もう、みんなカボチャだと思ってください」
 「この国に、あんな広大なカボチャ畑はないよ!」
 もうわけが分からなくなってきた。
 「む、輪廻の如く演奏順来たり……」僕達とは違い、明鏡止水の境地だった久慈くんが冷静に呟いた。
 確かに、僕達の前に演奏する〈豆腐爆弾エイティーン〉が機材の片付けを始めている。
 いよいよ、僕たちの出番だ。出番が来てしまった! 高楠先輩は、どうするかと思ったが、どうやら腹をくくったようで指の運動を繰り返している。
 〈豆腐爆弾エイティーン〉と入れ替わるように、僕達は楽器と機材の準備に取り掛かる。
 「さて、次は『ハォット……ケェイ、クウェェイ!!」
 その間に、DJが軽快なノリで口上を続ける。おいおい、カッコつけすぎて全然聞き取れない発音になってるんですけど……。
 〈HOT K(ホット・ケー)〉というのが僕たちのバンドの名前だ。
 初期メンバーの瀬田桂夜・高楠九龍・久慈健造の3人のイニシャルには実に5つもKが表れる。Kは外せないな、というのは当初から考えられていた。
 そこから転じて、様々な案が浮かんでは消え浮かんでは消えしていたが、疲弊していた僕が何気なく〈跳躍(リープ)〉した言葉であっという間にそれに決まってしまった。
 一応、トリプルミーニングなものではあるとはいえ、その場のノリというものの恐ろしさを思い知った瞬間だ。
 後に、追加メンバーが2人加わったが、いずれもバンド名を気にするタイプでなかったため、そのまま現在に至る。
 エレキギターをアンプにつないだりしている間に、ステージ上には脇によけられていたグランドピアノが登場する。
 高楠先輩は鍵盤の蓋をあげ、椅子の位置やペダルの具合を確かめている。久慈くんはスネアの感触やシンバルの位置を確かめている。
 ミキサーの音量などはリハーサルで調整した数字に合わせる段取りだから、準備は間もなく完了する。
 僕たちの準備が順調に進んでいくのに比例して、会場のざわめきが大きくなっていく。
 元々、読経研究部エース(?)の久慈くんがバンドのドラムをやるという点も理由の一つだろうけど、大きな理由は残りの二人だろう。
 ドラムを挟んで向こう側に、ベースを持った美月がいる。これだけの観客を前にしても全く緊張している素振りが無い。さすがだ。
 本当は、美月の才能に頼らず観客側にいてもらって僕の演奏を見てもらいたかった気持ちもあった。しかし、それは同じステージ上でもいいじゃないかと開き直った。その方が僕たちが無理しない姿のような気がする。
 美月は、他のベーシストが弾いていた位置よりは、若干ステージ奥に位置していた。
 ステージにへばり付いている不埒な男子生徒の視線から避けるためだろう。
 そして、ざわめきのもう一つの要因。ステージの中央に観客に”背を向けて”立つのは、鋼鉄の数学教師――丹治先生だ。
 その顔は授業中のように険しい。その手に握られているのは、授業中にも使われているかなり年季の入った指揮棒だ。観客の視線は丹治先生およびその指揮棒に8割方が向いているように感じる。
 ――注目されて、緊張しないようにしたい。
 先輩のその依頼に対して、僕が用意した回答は十分合格点に値するように思えた。
 (さて、と)
 僕はピックを取り出す。それは一般的な三角形の形のものではなく、五角形の駒の形をしていた。表面には〈桂〉という漢字がプリントされている。
 向こうにいる美月も同じような駒の形のピックを持っている。文字は〈月〉だ。
 「将棋部の宣伝も兼ねているから」美月にベースを頼むとき、断られないようにするための口実の一つにしていたのだ。もちろん、口八丁で、お揃いの何かを持ちたいという気持ちが発端だ。
 二度、三度と深呼吸する。そして、僕たちの準備は完了した。
 (やっぱりだけど、緊張するなぁ……)
 丹治先生が指揮棒をすっと上げる。その仕草を見て、ざわついていた観客が条件反射のように静まった。

 この曲は、ピアノのソロから始まる。指揮棒が小さく予備動作をした後、ピアノの音色が3小節続き、ドラム・ギター・ベース、それぞれの音が一斉に合流して前奏が始まった。
 よし、指がちゃんと動いている。音量もちゃんと出せているようだ。
 前奏の8小節が終わり、男子3人が声を合わせてAパートを歌いだす。

  好きな事しているのに、
  君はなぜ苦しんでるの?
  それは平和な時代に生まれた贅沢なワガママなんだ。

 それを見て、鉄面皮の丹治先生が驚いた表情を見せる。それも無理からぬことだ。僕たちは『歌詞付きである』と一言も言っていなかったのだから。
 丹治先生に渡したデモテープは楽器の演奏部分だけを渡していた。
 ただでさえ、ポップスバンドの演奏に指揮者を据えるということ自体が風変わりだ。それが歌詞も付いているとなれば、ちぐはぐを通り越して奇怪とさえ言えそうだ。
 ――勉強ももちろん大事だが、君たちの3年間は将来の糧になり、お守りになるものだ。だから、やりたいことを。楽しいことを。なんでもいい、とにかく一生懸命やるように。
 部活担当教務の丹治先生が、新入生集会で僕たちに向けて放ったメッセージだ。非常に月並みで、つい右から左へと流してしまいそうなメッセージだ。
 あくまで噂でしか確認していないが、丹治先生はかつて指揮者を目指していたらしい。言われてみると、丹治先生が授業を毎日きっちりと時刻どおりにこなしている姿は、年末オーケストラが時間枠ギリギリに演奏を終了する匠の技を感じさせるものだ。恐らく、体内メトロノームが正確に時を刻んでいるのだろう。
 しかし、どうして高校の数学教師の道を選んだのかは謎に包まれている。利き腕を怪我したとか、才能が無かったとか、様々な憶測は聞くことができた。しかし、本当の理由は本人だけの胸の裡にそっと仕舞われているのだろう。
 ただ僕が事実として認識しているのは、丹治先生は今日に至るまで愛用の指揮棒を捨てなかったことだ。それは、過去にしがみついているのではなく、過去を認めているからだと僕は感じた。そうでなければ、あのメッセージは口から出てこなかったと思う。
 奇しくも、高砂先輩先ほど出会うことができ、話を聞くことができたことで、今の僕はこの詞と目をそらさずに本当に正対できるようになった気がする。

  「したくてもできなかった」
  そんな若者がかつて
  この国にたくさんいて、消えて行った事は知っているよね?

 言うまでもなく、この歌詞は僕自身にだって向けられている。不自由ない暮らしを与えてもらって、好きなことだってやれる時間も取れている。間違いなく、僕は恵まれた時代や環境下にいるはずだ。
 それにもかかわらず、贅沢な一喜一憂を繰り返していた。そんな自分に叱咤激励する気持ちを込めた。
 Aパートが終わり、次はBパートに入る。歌の核であるサビの前で少し落ち着けるところだが、リズムが少し変わるのでそこは気をつけないといけない。

  「パクリだ!」なんて揶揄された
  模倣的な作品たちも
  完走した二位なんだから、マラソンのように栄光を。
  
 視線の先に、奥地会長を通して招待した人物――辰野寿子副会長――が座っているのが見える。
 お祭り気分ではっちゃけている周囲と異なり、表情は泰然自若としたままだ。それは、元々の性分かもしれないが、歌詞の内容に対して思うところがあったからかもしれない。
 それでも、僕からのメッセージは一方的かもしれないが伝えることはできたはずだ。今年のポスター投票で惜しくも落選してしまった、星空の絵の作者に。

 盗難騒ぎの5つの品はいずれも一般的な88星座の中に含まれるものだった。
 そして、88星座には略号という表記方法があるようで、それぞれを拾っていくと、〈こぐま座〉は〈UMi〉、〈おおぐま座〉は〈UMa〉、〈ろ座〉は〈For〉、〈カメレオン座〉は〈Cha〉、〈へび座〉は〈Ser〉となる。
 これをさらに無理やり変換していく。
 〈UMi〉と〈UMa〉で海馬、脳にも記憶を司る器官があるが今回はその元々の意味である〈タツノオトシゴ〉と変換する。
 〈Cha〉と〈Ser〉はChaser(チェイサー)で、直訳すれば追撃機などになるが、アルコール度数の強い酒の後に飲む飲み物のこともそう呼ぶそうだ。日本語で言うと〈お口直し〉となる。
 最後にこれを一つにつなげると、『タツノオトシゴ For お口直し』、最終変換すると『辰野寿子 For 奥地尚志』となる。
 そう、それは辰野副会長から奥地会長への恋慕のメッセージだったのだ。しかし、こんな暗号は普通に考えていたら解けるはずがない。僕がその考えに至れたのは、ゴールを先に決めて――辰野副会長が奥地会長に恋しているのではないかと――その補完をするように外堀を埋めていったからだ。それを補うように、〈跳躍(リープ)〉も起きてくれた。
 中学生のときの社会の先生が『腹を空かせた者達が歴史を作ってきた』と言っていたのを思い出す。現状に満足できている人たちは現状を変えようとしない。逆に言うと、歴史となるような大きな事を起こすのは、現状に納得できていない人たちなのだ、という意味とのことだった。
 まず、最近の大矢高校生徒のうちで、最も現状に満足できていないのは、あの投票第2位で惜しくも当選を逃してしまったポスターの作者なのではないかと考えた。
 そのポスターをよく調べてみると、背景の夜空に浮かぶ星座のうち、鳥の向かう先にあったのは〈カメレオン座〉と〈へび座〉だった。その絵の作者がもし、そこまでも琴羽野さんと同じ思考に至って構想を練ったのだとしたら……、その〈カメレオン座〉と〈へび座〉が作者自身が勇気を出そうと思っている対象に他ならない。ただ、残念なことに願掛けは失敗に終わり、告白は断念することにしたのだろう。
 しかし、それだけでは終わらなかった。その後、校内では星空の作品に対する厳しい言葉が飛び交うことになったのは記憶に新しい。5つの盗難騒ぎはそれへの反発と、不完全燃焼に終わった告白の代償行為だったのかもしれない。幸か不幸か、盗難騒ぎの中に〈カメレオン〉と〈へび〉が含まれていたことで、僕が二つの間の関連性に気づくきっかけが生まれることとなった。
 『暗号化した告白』というのは、本人の中には確かに告白をしたと言う事実が残り、周囲のニンゲンはそれに気づかないという絶好の状況を生み出せる。片思いの状態から少しだけ楽になりたいような場合はそれなりに有用な手段といえる。そう、春先に実際に僕自身も取った手段だったから、それがすこぶる良く分かる。泉西先生の読心術のせいで、美月本人の前で暴かれ、結果としてより恥ずかしい思いをするハメになったわけだが。
 そして、辰野副会長は、少なくとも〈くじら座〉をすぐに認識できるレベルで星座に詳しい人だと、僕は将棋大会の帰路で知っていた。

  やろうかどうかで悩んだ時は迷わずやって大失敗しよう。
  結果、ついた傷痕は前よりも強くなり、君を守るだろう。

  名も無き虫達だって光へ迷わず進む!

 この秋、僕はいくつもの困難や挫折感を味わってきた気がする。それでも、なんとかここまでやってこれた。それは、周りの仲間の存在が大きいし、過去の自分が頑張ったおかげでもある。
 曲はクライマックスに向けて、間奏に突入した。この16小節の間奏部分は、高楠先輩の譜面では〈ad lib.(自由に)〉と位置づけられていた。
 さっきまで、「用意した譜面通りに弾く……」と弱気だったはずなのに、ピアノがリズミカルに低音から高音まで及ぶ自由な旋律を奏でていた。
 ちょうど、その高楠先輩と眼が合った。
 どうですか? 生の演奏は? 視線でそう問いかけてみたのだが、そうするまでも無かった。その表情は、音楽を楽しんでいる者にしか浮かべることのできないであろうものだったからだ。
 その流れで、僕は周囲を見回す。久慈くん、美月、丹治先生――。他のメンバーは揃いも揃って、表情の変化とは縁遠い者たちばかりだ。それでも、流れ続け、編まれ続けている曲の躍動を感じれば、それぞれの想いはしっかりと伝わってくる。
 僕の右手もこの後、使い物にならなくなるんじゃないか、と思うくらいの速さで弦を掻き鳴らしている。
 春先に、音楽の自動作曲の話をきいたとき、音楽の衰退を頭に浮かべてしまっていたことが思い出された。
 でも。
 高性能なカメラが生み出されたら、意味がないと思って風景画を描く人はいなくなるだろうか?
 すごくリアルな立体映像装置が発明されたら、意味がないと思って旅行に行く人はいなくなるだろうか?
 自分より優れた人たちばかりで溢れていたら、僕は何もしなくなってしまうだろうか?
 人間より優れた機械ばかりで溢れた世界になったら、人間は何もしなくなってしまうだろうか?
 ――好きだから、ただ、やるんだ 理由はそれでいいし、そもそも無くてさえ良い――
 まだ大人になってもいない、ちっぽけな僕の中でも、今ひとつの答えが出せた気がする。

  大事なものは結果じゃない。積み重ねてきた軌跡だ。胸を張っていいんだ。
  下手だって不器用だって生まれてきた全てが名作なんだから。

 歌詞を聴衆に放ち切り、曲はエンディングの17小節に突入した。
 今日限りのバンドによる、今日限りの歌だ。考えてみれば、随分とこんな刹那的なことに時間を費やしてきた。それでも、楽しかった。やって良かった。
 学校祭が終わる。音夜祭が終わる。準備のための大変な日々がこれで、終わる。僕の高校1年生の秋が終る。

 演奏が終わった僕たちに、会場から大音量の歓声が飛んできた。望外の喜びだ。顔を見合わせてから、一同で一礼。名残惜しいが、後にも演奏がまだ3組あるので急いで片付けに移る。
 ステージ裏に引き上げると、身体はほてり、額も少し汗ばんでいた。
 「瀬田くん、本当にありがとう。もう、高校生活に悔いはないよ。これも、君が無茶苦茶言ってくれたおかげだよ」高楠先輩は、僕をばしばし叩くと、出会った頃のおどおどした感じなど微塵も出さずにそう言ってきた。
 「それは私も同じだよ。ただ、来週からの生徒達の視線が気になるがね……」丹治先生も相好を崩して続く。なんとレアなご尊顔。
 久慈くんもまた「げに喜悦至極なり。拙僧、正座にも多少の覚えあり。将棋にも僅かな助力能うかな」などと冗談を飛ばしてくる。台詞まわしはいつもの調子だったが、その表情は歳相応の男子高校生そのものだった。
 たった一度だけ歌を歌うという経験を経ただけでニンゲンはこうも変わるものなのか、と僕は静かに驚いた。そんな中、美月は一人だけいつもと変わらない様子だったが……、『いつもどおり』、それはそれでいいかもしれない。
 せっかくだから近くのファミレスで打ち上げでもしようか、という場の流れになってきたところ、僕はまだやらなければならないことを思い出した。
 「あ、先に行っててください! すぐ追いつくんで」僕は言うなりすぐに飛び出した。目的はただ一つ。
 体育館の入口の辺りに差し掛かり、渡り廊下を向こうに歩み去っていく後ろ姿が眼に入った。ギリギリ間に合ったか……。急いでやってきて正解だ。
 「副会長」その背中に僕は話しかけた。
 振り返った副会長は僕の姿を認めると、一瞬驚いた表情を浮かべたものの、
 「あの詞、私のこと言っていたの?」すぐ真剣な表情で問いかけてきた。しかし、それは怒っているといった雰囲気ではなかった。
 「半分は、ですね」と僕は正直に言った。「俺もここのところ色々あったんで」
 「……そう」
 扉を閉め切っているはずの体育館からは、勢いある楽器の音とヒートアップした観客の声が奔流となって漏れ出てきている。それと対照的に、僕たちの間にはしばらく沈黙の間が生まれた。
 「奥地会長にはどこまで話したの?」
 「特には。副会長をあの席に座ってもらうようにお願いしただけです。一連の騒ぎの犯人ということは感づいていると思いますけど、それ以外は多分……。会長って、そっち方面は鈍そうですしね」
 「そう、ね。すごく、鈍い」そう言って、苦笑を浮かべた。
 「この後、謝りに行こうと思ってたのよ」
 「品を拝借した部活に、ですか?」
 副会長が小さく頷く。
 「会長も言っていたとおり。やっていることは窃盗と何ら変わりなかった。迷惑をかけた全ての人たちに謝ることが、まず私のすべきことだ、ってね」
 「……そうですね。もしなんなら、ご一緒しましょうか? 俺、意外に顔が効くんですよ」
 「冗談。これ以上、恥ずかしい思いをさせる気?」
 「仕方ないですね。じゃあ、手の甲にペナルティを描かせていただきます」
 「ペナ……なんでそうなるのよ?」
 反論を試みる副会長を気にも留めず、懐から水性マジックを取り出した。
 「会長から命じられた謎解きのおかげで、バンドの練習時間が結構削られたんですよ。おかげで、本番で14箇所も間違えました。これって、副会長のせいですよね?」
 強引極まりない暴論だが、負い目のある副会長はそれ以上何かを言う気はないようだった。きゅきゅ、と文字を描いていく僕をただ黙ってみている。
 「1、6、0、4、5? ……せめてもっと達筆で描いて欲しかったものだけど」それを副会長は一文字一文字読み上げていく。
 「心の声が漏れてますよー? まぁ、俺の受けた損害は大体このぐらいかなと」
 「1万6千、ねぇ。弁明するわけじゃないけど、そんなに演奏ミスっているようには見えなかったけど」
 「いい仲間に恵まれたおかげです」
 「羨ましい話ね」
 「何言ってるすか。先輩も、でしょう?」
 僕の切り返しに、副会長は肯定も否定もしてこなかった。
 「さて……と、行ってくるかな」
 謝罪行脚においても、一番の難所はあの曲者部長のいるアロマ研究部だろう。足許を見て、何か要求をつきつけてくるかもしれない。
 それでも、副会長はきっと、両手を身体の前で揃えて丁寧にお辞儀をすることだろう。そのとき、アロマ部部長の目には手の甲に一見汚く描かれたあの『16045』が、逆向きで『shogI』に見えることだろう。
 ――最終的には、その代理の言うことに従ってもらえますか?
 ――うんうん
 そう、残念ながらアロマ部部長にはお詫びを拒絶する権利などははじめから無いのだ。
 踵を返し、静かに去っていく副会長の背を見届けてから、僕も歩き出す。
 勢い良く落ちているものは、もしかしたら、勢い良く昇っていくものを逆向きに見ているだけかもしれない。視点を変えようと思い立ち、変えることができるのは自分自身だけだ。
 トランポリンでより大きなジャンプをするためには、一時的に大きく沈み込む必要だってあるだろう。
 僕が駆け足で過ごした、この秋はどんな意味があっただろうか。その答えはもう得られている気がする。
 ふと見上げた夜の空には、散りばめられた繊細な星々に囲まれながら、月が燦然と輝いていた。

 

 小説『Winner in Winter =勝利の冬=』に続く?

 

小説『Fall on Fall =俯瞰の秋=』(3/4)

 *****

 「ハイレベルなプレーと言うのは、多くの人からは知覚してもらえないものだ。
  プロ野球のファインプレー集が分かりやすい。
  あれは、脚力が二流の選手が能力ギリギリのところを際どくカバーしたプレーばかりではないか。
  真のファインプレーとは、優れた脚力と素早い判断力によって当たり前のように余裕でこなされているものを言うのではないのか?
  つまり、だ。天才は、凡人に評価を求めてはならぬし、それによって揺らぐことなどあってはならないのだ」

                    ――『週刊ビジネスウィング9月号 冷谷山三冠インタヴュー』より

*****

 

 第三章 『祭までの日々』

 

 授業中にしょっちゅう寝入ってしまう僕だが、不思議と朝は強い。両親が休日も5時起きをする家に生まれたからかもしれない。
 そんなわけで、小学生から今の高校生に至るまで僕は毎日7時には教室にいる。
 中学生のときはテニス部だったから、朝練習というものがあったが、将棋部にはそのシステムはない。
 だから、これまでは教室で本を読んだり、携帯端末をいじったりして過ごしてきたが最近は少し事情が違ってきている。
 「……でね、二つの石像がどかんといるおかげで毎年展示スペースで一苦労しているらしいの」
 僕の前の席の椅子に腰掛け、琴羽野さんが楽しそうに話しかけてきている。
 「どこか引き取ってくれる人がいてくれれば喜んで引き渡すんだけど、って部長たちも嘆いていて。瀬田くんのおうちって一戸建てだよね? どう? 要らない?」
 「うーん、両親の趣味の品々で手一杯だしなぁ……」
 嘘はついていないが、どちらかというと要らないと言わないための配慮である。僕も随分大人になった。
 「あ、そうだ。ちょっと話が変わるんだけど、一つ聞きたいことがあるんだ……」
 「なになに?」
 僕は、気になっていた人物の名前を出した。クラスが違うから、ダメで元々と思っていたのだが、
 「あ、彼なら選択授業の書道で一緒だから知ってるよ」
 「そうなんだ。琴羽野さんの選択は美術かと思い込んでたよ」
 「うーん、第一希望だったんだけど人数が多くてね……。
  私も一応美術部員だし、筆捌きには自信があったけど、彼はもう反則だよね。本職だもん。え? 性格? ……うーん、基本的に寡黙で自分から積極的に話したりはしないけど、ぶっきらぼうってわけじゃないみたい。挨拶も丁寧だし、真面目ないい人だよ?」
 その言葉を聞いて、僕は安堵した。そして、作戦決行の決心を固めた。
 
 1時間目の休み時間、僕は1年3組に向かっていた。
 「君……が、久慈くんだよね?」
 教室すぐ脇の廊下で、僕は目的の人物と会うことができた。実家が寺である将来のお坊さん候補生、久慈健造くんである。
 身の丈は平均的ながら、年齢以上に大人びた表情を浮かべているその頭髪は一分刈り。いわゆる坊主頭。野球部員でもここまでしている生徒はいない。これは後ろからでも間違えようが無い。
 「左様だが……?」
 そして、低くそれでいて良く通る伸びのある声。イメージどおりだ。
 「はじめまして。そして、単刀直入にお願いがあるんです」僕は一歩踏み出して「僕たちのバンドのドラマーになって欲しいんだ!」
 
 *****
 
 その日の昼休み。僕たちは場を改めて話の続きをしていた。
 「いやはや、夢か現か。すっかり動揺いたした。拙僧、まだまだ修行不足なり」
 「いや、こちらこそゴメン。善は急げとばかり突然切り出してしまって……」
 二人して屋上の手摺にもたれながら、そんな会話を交わす。
 僕は、事情を詳細に説明する。今年の音夜祭で演奏をしたいこと、そのためにドラマーやヴォーカリストなどを探していること。そこで浮かんできたのが、木魚と読経で基礎能力が鍛えられているであろう久慈くんの存在だったこと。
 久慈くんは少し考え込んだ。音楽やバンドの経験などは当然ないと返されたが、それは僕も同じことだと切り返した。しかし、別の懸念点があるのか再び考え込む。やや間があって、
 「しかし、一斗和尚がなんと申すか……」
 一斗和尚、つまりは久慈くんのお父さんのことのようだ。普段は優しい表情を浮かべているが、修験者の前には鬼の形相で喝を入れる〈不動明翁〉として現れるという噂を聞いたことがある。
 読経研究部の活動の一環なら、許可も容易に下りたのだろうけど、なにしろ今度はバンド活動だ。羽目を外しすぎだと指摘されても強く反論できないところではある。
 「さすれば、一計あり。最近、寺にて奇っ怪な事件が起こりて、拙僧も和尚も頭を悩ませておる次第……」
 久慈くんはあらましを説明しはじめた。

 彼曰く、網諾寺の敷地にある墓地のうちのある区画で、墓石の向きが逆向きにされるといういたずらが頻発しているのだという。
 図を書いて説明したいと言うので、僕の生徒手帳とシャープペンシルを提供した。こうすることで、ちょっとした時間にも考えを進めることができそうだ。
 久慈くんはさらさらと図を書き進めていく。マス目を書き始める。これが区画らしい。1、2、3、4……。ちょうど、4×4で16マスある。
 次に、マスの中に移る。墓石の主の苗字でも書いていくのかと思っていたが、
 「って、これもしかして墓石のカタチ?」
 「いかにも」
 久慈くんが動かしたペンのあとには、文字ではなくイラストが描かれていた。象や、馬、お城なんかもある。コミカルなタッチのため、久慈くんののイメージからは少し違和感がある。
 完成した図は次のようなものだった。

 ・一番奥の列は左から順に、未使用、未使用、〈球の墓石〉、〈魚の墓石〉。
 ・奥から二番目の列は左から順に、〈馬の墓石〉、未使用、〈塔の墓石〉、未使用。
 ・奥から三番目の列は左から順に、未使用、未使用、未使用、〈城の墓石〉。
 ・一番手前の列は一番左に、〈象の墓石〉があり、あとは全て未使用。

 

図_墓地3.5

図_墓地3.5

 

 墓石は6個あるが、このうち〈馬の墓石〉と〈城の墓石〉の2つがいたずらの対象になっているのだという。
 「破壊損傷の類無く、被害軽微なり。されど……」
 寺の事務もあるため常に人を張り付ける訳にも行かず、厳粛な空間であるため監視カメラの類の導入も憚られる。墓石が損傷している訳でないが、こうしたいたずらを野放しにしておくわけにもいかない、という状況らしい。
 また、いつエスカレートするとも限らない。いたずらを寺側の管理不行届きだと主張する『モンスター檀家』が現れないとも限らない。
 そういったリスク的問題も少なからずあるが、一番の理由は「悪戯を改心させること、それが網諾寺の使命なり」だそうだ。精神の修行を重んじる網諾寺の思想は噂どおりのようだ。
 ぱっと見て思いつくような共通項や法則性はない。ある意味、盗難騒動よりも取っ掛かりが難しそうだ。
 うーむ、まずは少し考えてみるか。そうしないことには何も進まない。ちょうど、5時間目は地理の授業だ。
 何がちょうどなのかというと、地理の先生は要所を押さえた質の高い授業をしてくれるのだが、生徒を指名して答えさせる方式を一切とらない。そのため、授業中の〈内職〉がしやすいのだ。
 僕はドラマー獲得のため、5時間目の地理を大いに活用することにした。
 
 放課後の将棋部の部室に僕はいた。今日は元々僕が軽音楽部の練習の方に出ることもあって、将棋部の活動は休みとしていた。しかし、音響設備は共用なので、使用はローテーションになっている。順番が廻ってくるまでまだ時間があったので一人で思索しようと思い、将棋部の方にやってきていたのだ。
 「はぁ、ダメだ全然浮かばないや」
 僕は、にらめっこしていた生徒手帳を閉じて机の上に放り出す。あぁ、とにかく時間がない。久慈くんのドラマー参入も大事だが、僕のギターの方も課題を抱えているのだ。
 演奏曲で頻繁に出てくる、A♭などの人差し指で6本の弦を押さえるようなコードが綺麗な音を出せないのだ。指が短いのか、押さえようとするとかなりきつくて、攣りそうになってしまう。
 美月みたいに指先が器用だったらなんてことないんだろうな。この間の大会の際に、左手で見事な消しゴム印鑑を彫っていたのを思い出して僕は嘆息する。
 鞄から適当に裏地の白いプリントを取り出して、左手にペンを持つ。そして、戯れに文字を書いてみた。左手で字を書くというのは、案外良いトレーニングになるんじゃないかと考えたのだ。
 しかし、生まれ出されたのはへろへろっとのたくった、力のない文字だ。ま、まぁ最初から上手くいくとは思ってなかったけどさ……。
 改めて自分の潜在能力のなさに軽い衝撃を受けていると、机の上に置いた携帯端末が振動していることに気づく。音声着信だ。
 「あ、はい」
 「あ、ちょっと時間いいかな」
 相手は高楠先輩だった。この間、電話番号を交換していたことを思い出す。
 「なんでしょう?」
 「あー、バンドのメンバーのことなんだけどさ……。もう一人か二人人数増やせないかなぁ」
 「もうちょっと……って合計4、5人ってことすか? 条件その1は『あと一人追加』って話だったですよね……?」
 久慈くんの参入も確定していない今、さらなる人員増はもう無理だ。思わず悲鳴を上げたくなる。
 「まぁ、確かにそう言ってたのは事実だけどさ、音夜祭だよ? 考えても見てよ、すごい人数が集まるんだ。そうしたら……きっと緊張するだろ?」
 「そ、そりゃそうでしょう」
 「だからだよ。人数が多ければ多いほど、ほら、視線が分散されるじゃないか。じゃないと……元のDTMの形式に戻そうかと思う」
 あぁ、段々頭が痛くなってきた……。いや、折れるな桂夜、高楠先輩だけが今年の音夜祭に出るためのキーマンなのだ。ほら、こんなときこそ、泉西先生の悪逆非道を思い出し、それに比べたら――と考えるべし!
 「わ、分かりましたから。考えておきます」
 「頼んだよ。あ、あと今日の練習は16:30からだから」
 「はい、もうしばらくしたら向かいます」
 やっと通話を終え、大きく息を吐き出す。親父が仕事の繁忙期に神経性胃炎の薬をもよく飲んでいたが、僕にもそろそろそういう類が必要かもしれない。
 さて、少し早いけど移動を始めるか。のんびりしていて泉西先生に絡まれでもしたら厄介だ。などと考えていたところ、戸口から声を掛けられた。
 「ケーヤ?」
 美月だった。土曜日の大会の後から、三日しか時間が空いていないはずだが、もう半年も会っていなかったかのような感覚だ。
 今までと変わらない雰囲気で話しかけられたことが逆に、大会後なんとなく僕が持ち始めてしまった彼女との距離感とのズレを生じさせて戸惑ってしまう。
 「きょ、今日は休みって言ってなかったっけか? どうして?」
 「なんとなく」そう言って部屋の中に入ってくる。
 美月は、あの日の僕のことを何と日記に書いたのだろう。こうして変わらぬ態度でいるということは、悪いようには書いていないのか。いや、そもそも記述に値する出来事と扱われていなかったとか――。
 詮無いことと分かっていても、ついそんな些細なことが気になってしまう。
 「あ、それは……」
 美月が僕の左手訓練に使ったプリントを手にしているのを見て、慌てて立ち上がる。
 「1、6、0、4、5……。何なの? この汚い字」
 「1……? って、汚い字で悪かったな。ギターの訓練のために左手で字を書いてたんだよ」
 僕はプリントを鞄の中にくしゃっと押し込んだ。
 「それはともかく……。そろそろ軽音の方に行く時間だから。まだ居るなら、鍵置いてくけど?」
 「じゃあ、あたしも帰るよ」
 結局、今日美月と交わした会話はそれだけだった。もっと、何か話すことがあったんじゃないか? 自分が変わらなければいけないんじゃないか?
 あの日以来、僕は将棋の勝ち方だけでなく、美月との接し方も見失ってしまったのかもしれない。
 音楽室へと向かう足取りはなんだか重かった。

 はじめての合同練習の結果は凄惨たる結果に終わった。僕のギタースキルは自分で思っているほど上達していなかったのだ。
 個々のコード自体はそれなりに押さえられるようになってきているものの、流れるようには弾けなかったり、音の強さが安定していなかったりと課題が次々と浮かび上がってきた。
 演奏曲の方も、曲のメロディーや構成が高楠先輩の納得の域に達していないらしく、細かな範囲ではあるが刻一刻と変化し続けている状態だ。
 「これは、練習量を増やさないとどうにもならないかな……」と呟くものの、そんな時間を生み出せるほど余裕は無かった。
 盗難騒ぎの解決、久慈くん勧誘のための墓事件の解決、将棋や美月との関係性……。まるで、雪かきをしている最中にも新たな雪に見舞われているような気分だ。
 ふと気づくと、携帯端末が振動していた。どうやら、琴羽野さんからのメールのようだ。こんな時間になんだろう……。

 ちょっとすごいもの見つけたから、美術室来てみない?
 
 『ちょっと』と『すごい』っていうのはくっつくものなのか? と思ったが、どうせ、この後は帰るだけだし、すごいものというキーワードに惹かれたので訪ねてみることにした。
 美術室に着くと、中には琴羽野さんだけしかいなかった。こんな時期に部活が休みとなるとは、美術部の学校祭準備計画はばっちりということなのだろうか。
 「美術部の準備は順調なの?」
 「うーん、順調……かな? 美術部はやることが毎年変わらないの。各自にスペースを割り振って展示品を飾るだけっていう……。私の代になったら、全員で合作を作るとか、画集を出すとかもっと色々と挑戦してみたいんだけどねー……」
 なるほど、良く考えれば、先輩がいるというのも良いことばかりじゃないんだろうな。
 美術準備室に入ると、どかんと大きな二つの石像が立っていた。
 「あ……、もしかしてこれが?」
 「そう。今朝話していた〈王女の像〉と〈騎士の像〉だよ」
 これは確かに立派だけれど、同時にスペースもかなり取ってしまっている。ありがたいような、ありがたくないような。どこかの顧問と同じ存在といえる。
 琴羽野さんは慣れた手つきで戸棚の一番下の引き出しを開けた。取り出したのは2冊のスケッチブックだ。そのうちの一つをパラパラとめくると、あるページで止めて僕に手渡してきた。
 「でもすごいものは、こっちの方! 見てみて」
 受け取って、指し示された左下の辺りをまじまじと見てみると。
 「ん……? これ、もしかしてクマッタ?」細部こそ異なっていたものの、それは最近ちょっとしたブームになっているクマッタに良く似たイラストだった。ページ自体は花瓶をスケッチしたものだったが、その端っこにいたずら書きのように描かれていた。
 「でね、ここに『N.ANDOH』ってあるでしょ?」今度は右下のサインの部分を指し示される。確かに、言われたとおりになっている。
 「これ、イラストレーターのアンドウ・ナツさんの学生時代のスケッチだったの」
 「え!?」大矢高校のOB・OGに著名人が多いことは知っていたが、急に知らされた事実だったので派手に驚いてしまった。クマッタとこんなところでつながりがあったとは。
 「いや、ビックリしたけど、貴重なものが見られたよ。ありがとう」
 僕がスケッチブックを丁寧に返すと、「いえいえ、どういたしまして」と琴羽野さん猫の口のように口角を上げて嬉しそうに受け取った。
 「それで、もう一つ。私、瀬田くんのことが好きなんだ。いつか、付き合ってもらえる?」
 「ん、ん? えっ!? 今なんて……」
 「こういうこと何度も言わせないで欲しいんだけど? いつか付き合って欲しいの」
 泉西先生のせいで、突然のことには強くなったと思っていた自信は完全に撤回することになったようだ。肌寒い部屋に居るはずなのに掌には汗が浮かび、頭の方は少しぼうっとしている。僕は生まれてはじめて受けた告白に自律神経が乱れているのを感覚した。
 「で……も、『いつか』っていうのは?」しかし、そんな中でも僕は琴羽野さんの台詞の中にあった不自然な箇所を条件反射的に確認していた。
 しかし、大人しい女の子と思っていた琴羽野さんは今日は随分と堂々と答えてくる。しかも、僕がもっと心が乱れるようなうなことを。
 「瀬田くん、織賀さんのことが好きなんでしょ?」
 「……!」
 僕が美月と彼氏彼女の関係にあることは、学内だと福路くんにしか言っていないことだ。
 「別に隠さなくてもいいんだよ。こういうのって、第三者からだとよーく分かるんだ。
  ……で、相手が織賀さんじゃ、今の私じゃ悔しいけど勝ち目がないと思うの。でも未来は分からないじゃない?
  いつか、瀬田くんが私の方がステキだと思ってくれる日が来るかもしれない。だから、本当に勝手だけど今は答えを言わないで欲しいの」
 少しずつ琴羽野さんの意図が理解できてきた。琴羽野さんは、圧倒的不利を認識しているからこそ、時間を味方にすることにしたのだ。
 「本来であれば、こんなの不平等だって分かってる。でも、瀬田くん、ちょっと鈍そうだし……。だから、私の方が勇気出さなきゃって」
 そういいながら、琴羽野さんはもう一つのスケッチブックをゆっくりと開いていく。
 「これは……」
 現れた線画に僕は息を呑んだ。それは、今年の学校祭ポスターに決まった、『夜空の月に向かって飛ぶ鳥』に間違いなかった。
 「願掛けしてたの。カント・リケージの〈夜の月〉っていう小説の中に出てくるんだけど、『夜と月とは切っても切り離せない関係』だと思ってたから。
  そんな夜と月に向かって飛ぼうとしている姿を見て、多くの人が票を入れてくれたら、応援してくれたなら告白しようって」
 「……」
 僕はうまい返事が思いつかないでいた。
 これが先週だったら、僕は「気持ちは嬉しいんだけど……」と返事を返していたかもしれない。答えを言わないで欲しいといわれても、僕が美月を大切にし続けるという意思は揺るがないと思ったことだろうし、琴羽野さんを保険のようにするような自分は絶対に許せなかっただろうから。
 しかし、今日の僕は事情が違っている。美月とのアンバランスを感じはじめている。
 琴羽野さんは美人というほどではないが、愛嬌があり、一緒にいてとてもリラックスできる女の子だ。未だに緊張することのある美月といるときよりも、飾らない自分が出せている気はする。
 僕が黙考して佇んでいるのを見て、琴羽野さんはスケッチブックを戸棚に戻し始める。
 しばらくお互いに無言のまま、部屋を出る。琴羽野さんは施錠をして戸が開かないことを確認すると振り返る。その表情は、大人しそうないつもの琴羽野さんだった。
 「お願いだから、次に会ったときもいつもどおり接してね……。じゃないと、私の勇気が無駄になっちゃうから……」
 そう言うと、呼び止める間もなく廊下を足早に去っていってしまった。
 
 自室に戻り、ベッドの上に寝転がる。
 生徒手帳をパラパラとめくり、『やること/考えること』と冒頭に書かれたページを開く。その多さに、思わずため息が出た。
 一つ一つクリアしていくしかないのだろうけれど、どうにもエンジンがかかってこない。
 「疲れた……」
 睡魔が襲ってくる。寝ている暇などないのに、酷い奴らだ。眠気を取ろうと、カラーボックスの上に置いてあるミントのガムに手を伸ばす。しかし、睡魔のジャブを既に受けているためかうっかり取り落としてしまった。
 それでも力を振り絞り、床に転がりながら、ガムを手にしようとして、視線の延長線上にある本が眼に入ってきた。
 『佐波九段名局集』、僕が尊敬する今は亡きプロ棋士の言行をまとめた本だ。
 小学生の頃に欲しい欲しいと言って親父に買ってもらったものの、活字の多さに辟易し、本棚の中に入れたままにしていたのだ。
 寝ている暇さえないはずだったのに、僕は無意識のうちにその本を開いていた。
 
 ――たまたま私の指した将棋が最後に見る一局になる可能性だってあるでしょう。
 ――だから、常に誠心誠意の将棋を指し続ける。それが、この佐波新継の生きる意味なんですな

 ――人に好かれたいとか、人に認めてもらいたいと常々思っておられる方は、まず己自身が己自身を好いて、認めるとよいでしょう。

 死に瀕したわけでもないのに、頭の中に走馬灯のような映像が流れ始める。次に、僕は今年の日記帳を手に取った。
 自由にさせるのが教育方針だと常々口にする親父が唯一僕に強要したのが、日記を欠かさず付けることだった。
 「未来には、過去の自分はもういないんだ。未来の自分はそれをいいことに、簡単に約束を破るんだ。だから、過去の自分が未来にも生きられるように日記はつけておけ」頭の中に親父の言葉が蘇る。
 今年の春から順々に見ていった。
 4月最初のころは軽音楽部に絶対入る、といったことばかり書いてある。やがて、将棋部の話や美月の記述が現れる。そして、学業と音楽と将棋の鼎立で高校生活を頑張るという文がでかでかと現れる。
 7月中旬頃、美月の秘密を知るところとなり、何に代えても協力するということが力強い筆跡で書かれていた。
 いずれも、書いたのは他人じゃない。紛れも無く過去の自分なのだ。過去の自分は、未来を知っていたらこんなことを書かなかっただろうか。そんなことはない気がした。
 そして僕は、パーンと一回両頬を打った。じんわりと痛みが引いていくのと同時に、僕の中にあったわだかまりも少しずつ解けていくのを体感する。
 「美月……」
 毎日不変のように見えるあの美月も、次の日のために、未来のために毎日バトンをつないでいるじゃないか。
 そう、未来は現在の延長線上にあるのだ。明日の答えなら、今日のどこかにしかない。

 *****

 週のど真ん中の水曜日。週末が待ち遠しい気持ちと文化祭までの日数は減って欲しくないジレンマが僕を攻め立てる。
 気力は復活したものの、絶対的な時間が足りないという事実は変えようが無い。
 不意に鳴った予鈴にはっとなる。どうやら、気が付いたらもう昼休みの時間になっていたようだ。
 最近考えることが多すぎて、授業の内容が全く頭に入ってないことが多発していたが、今日に至ってはタイムリープしたようなレベルだ。学校祭に力を入れている生徒の中には似たような連中もきっといるはず、いや絶対いる。……正直、次のテストが心配だ。
 さて昨日と同じく、屋上で久慈くんと話をする約束となっていた。ただし、今日は昼飯を食べるところからだ。早速、弁当を持って屋上に向かうと、寒空に相性の悪そうな坊主頭は既に待っていた。
 「ゴメン、寒くなかった?」通り過ぎていった冷たい風に首を縮めながら僕は尋ねたが、
 「否、朝5時の本堂の境内と比べればこれしきは」
 さすがに、鍛え方が違うなと僕は舌を巻いた。
 「あれ? 久慈くんの弁当は?」彼が両手に何も持っていないことを指摘すると、答えはすぐに返ってきた。
 すうっと持ち上げたのは竹の皮に包まれた古風な包みと竹筒だった。どうやら、腰のベルト辺りからぶら下げていたようだ。
 「すごい……、こういうの時代劇でしか見たこと無いよ」
 「裏山に広大な竹林があるゆえ」
 「えーと、そっちじゃなくて……。もしかして、中身もおにぎりとか?」
 「左様。塩むすびとしば漬けなり」
 まだしていなかったお互いの詳細な自己紹介や趣味などしばらくは他愛のない談笑をしていたが、やがて自然と墓場の謎について話が及んでいった。
 「色々と考えてはいるんだけど、まだこれといった推論が立てられていないんだ」
 「左様か。当方はお知恵をお借りしている身。本来、ゆるりと思索いただきて問題なけれども……」
 「音夜祭は刻一刻だからなぁ……」
 そう、今日を入れてもあと10日程しか時間は無い。それだけでも、相当厳しい。せめて、今日か明日中にはなんとか久慈くん参入を完了しないと僕の音夜祭は不戦敗に終わってしまいそうだ。
 「将棋部の方はしばらく一時中断するかな……」僕はなんとなくそう呟いていた。
 明日と来週2日、学校祭までの間に一応将棋部は3日分集まることにしていた。しかし、現実的に考えて今の僕にその時間は非常に貴重に思われた。
 斎諏訪のプログラム改修は恐らく問題なく進むだろう。あとは学校祭当日にぶっつけでもなんとかなるのではないかと考え始めていた。
 つい、頭の中が脱線してしまったなと久慈くんの方を伺うと、
 「一時中断……」彼は何かに気づいたような表情を浮かべている。
 「申し損ねていたやもしれぬ。実を申せば、以前にも同様事象ありけり」
 「えっ? なに? どういうこと?」
 彼によると、墓石に対するいたずらは『再発した』というのが正確らしい。
 以前に起きたときの対象は〈馬の墓石〉と〈象の墓石〉だったとのこと。今回は〈馬の墓石〉と〈城の墓石〉なわけだから……、
 「〈馬の墓石〉は毎度いたずらの対象となっているのか。……あるいは、逆の見方をするなら、〈象の墓石〉は何故いたずらされなくなったか、だ」 
 〈象の墓石〉についてはもう気が済んだとか。いたずらの対象は2つが限界で、〈城の墓石〉を対象に変えたからとか。
 「御仏の威光ある〈塔の墓石〉が入りしことで、ひとたびは改心したものなりか」
 「御仏、ねぇ」
 ……。……?
 「久慈くん、そこのところもう少し詳しくきかせて」
 「〈塔の墓石〉は五重塔のような形式になっており――」
 「――あ、そっちじゃなくて……『入りし』ってとこで」
 静的な図ばかり眺めていたためすっかり考えから抜け落ちていたことだが、墓石のできた順番というものが事件に関係しているのではないかと思ったのだ。
 教えてもらった追加情報は次のようなものだった。

 

図_墓地0

図_墓地0

 

 かねてから申込のあった〈球の墓石〉〈魚の墓石〉〈馬の墓石〉は供用開始にともなって一番最初に入ってきた。

 

図_墓地1

図_墓地1

図_墓地2

図_墓地2



 その後、〈象の墓石〉、〈塔の墓石〉、〈城の墓石〉の順に入ってきたのだという。
 そして、はじめにいたずらが起きはじめたのが、〈象の墓石〉ができた直後だったという。
 その後、〈塔の墓石〉ができてからしばらくはピタリと止んでおり、一番最近できた〈城の墓石〉に入ってきた後、再開したとのこと。
 そして、不意に〈跳躍(リープ)〉は訪れた。
 この『一つ置き』というリズム感はもしかして……。僕は図面を見たまま頭を回転させていく。条件に当てはまるのは、どの墓だ? 一つずつ慎重に検討していく。その結果、対象は一つに定まった。
 とすると、そのいたずらをやめさせるためにはどうしたらいい? 何か打開する手立てはあるだろうか?
 この一件は、真相を突き止めるだけでは片手落ちなのだ。そう、依頼主である網諾寺の使命も満たさなければならない。
 「……瀬田殿?」
 突然黙りこんだためか、久慈くんが心配顔で覗き込んでくる。
 僕にとっての長考は、〈跳躍(リープ)〉で瞬間的に思いついた手を正解と全面的に信用して、それが正しいことを時間を掛けて立証していく作業に他ならない。
 地道に、積み重ね積み重ね、その結果たどり着くような努力型のものでなく、もっとこう、横着な答えの出し方だ。それゆえに、時間さえあればいつか答えにたどり着けるような確実さはない。
 僕は今までこの現象を長所だとか特技だと思うことはできないでいた。しかし、今日ははっきりとそれが訪れたことを誇りに思うことができた。
 「……多分、分かったよ」
 眼を丸くしている久慈くんに、僕は考えの全てを伝えた。久慈くんはその内容と僕の提案にやや驚きつつもその全てを全面的に受け入れてくれた。
 同意が得られたところで、僕は携帯端末である人物に電話をかけた。
 「……あ、勝田くん? 実は急で突拍子もないお願いがあるんだけど……。できるかどうか聞かせてもらいたいんだ」
 僕は仔細を伝える。すると、「ちょっと待っててくれ。親父に電話するから。また折り返すよ」とのこと。
 しばらくすると、携帯端末が鳴った。随分と早いなと思い、画面をみるとメールの方を受信していたのだった。差出人は奥地会長だ。
 もしやまたどこかで――と思い開いてみると案の定、
 
 爬虫類研究会『カメレオン』盗まれる。
 
 という内容だった。
 「いかがされた?」久慈くんに問いかけられて我に返る。
 「いや、なんでもないよ。我が家の晩飯の話」咄嗟に小さな嘘をつく。この件は秘密裡に動かなければならないのだ。
 それにしてもカメレオン、か。図鑑のページなのか、模型なのか、ぬいぐるみなのか。メールからは判断できないが、実際に本物と言うことはないだろうけど。
 クマ、クマ、コウロ、カメレオン。いずれもカ行ではじまる言葉だが、何か意味があるのだろうか。
 児童文化研究部、映像研究部、アロマ研究部、爬虫類研究部。部活で考えると、いずれも文化部であり『研究部』という単語が入っている。
 うーん、やはり現段階では浮かんでこないな…。果たして、先程の墓石の件のように〈跳躍(リープ)〉は起こってくれるのだろうか。
 あれこれと思索しているうちに、再び携帯端末が鳴った。
 「もしもし?」
 「おっす、おれだよ。おれ」今度こそ勝田君だった。
 「で、どう……?」
 「親父に話はついたぜ。すぐに手配してくれるってさ」
 「良かったぁ」僕は胸を撫でおろす。これで、問題の解決の第一歩に踏み出せたといえる。
 「親父もだけどおれも嬉しいぜ。やっと恩返しができたんだからな。って、まだ足りないか?」
 「そんなことないって。これでもう十分だよ」
 勝田くんが言っているのは、春先に僕が問題解決した一件のお礼のことだ。勝田くんの実家は商社で、勝田くんの父が社長、おじいさんが会長を務めている。社長提案の事業計画に対する回答を謎掛けで返した会長の意図を解き明かしたことで、随分と感謝されたのである。
 「また、何かあったら遠慮なく言ってくれよ? あ、学校祭の日、余裕があったら陸上部の焼きそばもヨロシク!」
 「もちろん。部員分買いに行くよ」
 「じゃ、またな」
 携帯端末の通話を切り、久慈くんに向かって指で小さな丸を作ってOKを伝える。
 「じゃ、今日の放課後に予定通り進めようか」
 「御意」
 
 *****
 
 放課後になり、学校前からバスに乗ること20分。『網諾寺前』という停留所で降りた。
 自宅の前にバス停があるというのはなんとも羨ましい限り話だが、お墓参りにくるご老人も多かろうことを考えると、理に適っている。
 「遠方より、ありがたきかな」
 正門のところには先に帰宅をしていた久慈くんが待っていた。服装こそ制服のままだったが、面白いことに、その言葉遣いやたたずまいは寺の雰囲気と周囲に溶け込んでいて違和感がなかった。
 秋も深まりつつあることを示すように、寺の境内にある木々は赤や黄色の装いをしはじめている。ついこの間までは日差しを遮る緑色の葉に感謝していたと思っていたから、時間がたつのは早い。
 手水場を横切り、石畳を歩んでいく。その先は正面に本堂、その脇に道が左右に分かれていた。
 「あちらが墓地なり」久慈くんは左側を指差して言う。
 目的の人物はまだ現れていないようなので墓地と間逆の方にある社務所で待つことにした。
 戯れにおみくじを引いて小吉を出してみたり、絵馬に次の大会で優勝できるようにと書いてみたりしていると、小さな人影がすすっと墓地の方に向かっていく様子が見えた。
 「あの御方なり」どうやら目的の人物が現れたようだ。
 急いで墓地区画の方に向かうと、ちょうどその人物はこちら向きに戻ってくるところだった。奥の墓地のほうからは何人かの声が聞こえてくる。僕が手配をお願いした人たちが作業をしているらしい。なるほど、目を瞑り合掌するには少しにぎやか過ぎるし、なにより『いたずらもしにくいと感じた』のだろう。
 距離がだいぶ近づき、相手も僕達の存在に気付いたようだ。
 背の丈は僕達より少し低く、髪はヤマアラシのようにツンツンと立たせている。制服はそこそこ着崩され、通学カバンには大小様々な装飾品が付けられていた。
 「……どーも」言葉もぶっきらぼうなものだったが、平日の夕暮れに墓参りをするくらいだ、根は案外真面目なやつなのかもしれない。
 「……君、栗井虫中の3年生だよね?」僕は単刀直入に尋ねた。
 その制服は非常に見覚えがあった。栗井虫中学校は、僕の母校、美節中学校の隣の校区だ。何度か訪れたことがある。また、Yシャツのボタンの外し方、カバンの汚れ具合。雑多で細かな情報から恐らく3年生だということが予想できた。
 「そうすけど……?」
 「今日は動かさないんだ。墓石」
 「……!」
 すぐさまヤマアラシの表情を伺うと、突然ナイフを喉元に押し付けられたかのように眼を見開いていた。なんとも分かり易いことである。
 「……証拠。そう、証拠なんてないだろ? 言いがかりもいい加減に――」
 「――監視カメラには気づかなかったのか? まぁ、最近のは精巧にできてるから無理もないけどね」
 「監……」
 もちろん、嘘だ。しかし、急に尋問を受けた彼にとっては非常にインパクトのあるキーワードだったようで、急に言葉を失うと視線をそらしてしまった。その様子が彼自身がいたずらをしたことを認めた証左となってしまっている。
 「一体全体なにゆえ……?」ヤマアラシの顔色が思わしくないのを見て、久慈くんが静かに問う。
 しかし、ヤマアラシは敷石の脇に転がっている小石をじっと見つめたまま答えない。それは、しらばっくれるという類ではなく、どうせ理解などしてはもらえまいという諦観であると僕は読み取った。
 そこで僕は丁寧に語りかけた。
 「……〈魚の墓石〉がおじいさんの墓なんだよな。その〈チェックメイト〉を外すため、だろ?」
 僕がさらりと言ってのけたためか、ヤマアラシは一呼吸遅れてからやっと顔を上げた。その表情はさっきとはまた違った種類の驚きの表情だ。
 〈チェックメイト〉はチェスの用語で、将棋で言うところの〈詰み〉にあたる。キングに〈王手〉がかかっており、かつ、どこに移動しても必ず捕獲されてしまうような状態だ。
 「……なんで、そんな」
 「まぁ、だてに高校生じゃないよ」
 1歳しか年下でないヤマアラシを前にしてつい見栄を張ってしまったが、かなりの試行錯誤はした。
 〈馬〉もあることだし、初めは将棋の〈馬〉かと思っていたがそれではどうやっても〈詰み〉にはならなかった。
 あれこれと考えているうちに、これはチェス盤のようにも見えるんじゃないかと思いついたのだ。チェスの盤は8×8。現在は4×4の第参区画が全て供用された暁には8×8になる。そうして改めて見ると、墓石の形の中にはチェスの駒に見立てられそうなものが幾つかあった。
 〈馬〉はナイト、〈球〉はポーン、〈象〉はビショップ、〈城〉と〈塔〉はルークと見立てることができる。
 そして、2度の墓石へのいたずらの結果いずれも〈チェックメイト〉を免れるのは……〈魚〉の墓石のみだったのだ。
 「……で、警察呼ぶんすか?」ヤマアラシは僕の様子を伺うように言う。中学三年の10月、高校受験が次第に迫っている時期だ。気になるところだろう。
 「いや、そんなことはしないよ。ただ、君にはもうこんなことは二度として欲しくない。それも、できれば納得してもらった上でね」僕は毅然として言う。
 「でも、そんなこと――」
 「――そんなこと、無理だって思うか?」
 ヤマアラシの言いたいことは大体分かる。少しチェスができる者がこの〈局面〉を見たら、チェックメイトだと思うだろう。
 〈魚の墓石〉は今、〈城の墓石〉によってチェックがかかっているが、間にどんな駒を埋めて防ごうとしても〈球〉が利いているため無意味なのだ。だからこそ、ヤマアラシは〈城〉の向きを変えて味方側にすることでチェックを外したり、〈馬〉の向きを変えて味方側にすることで〈球〉を取りながら逃げられるようにしていたのだ。
 「無理だ。どう考えても」
 「本当にそう思うのか?」僕は少し挑発的に再度問う。
 「……絶対、無理だ!」
 その叫びは、挑発に対する怒りというよりは、そんなことできるならやってくれよという身を切るような哀願にも思えた。
 「よし。じゃあ俺が〈プレイヤー〉になろう」そう言って、僕は生徒手帳を取り出す。
 手招きに応じて、ヤマアラシと久慈くんが傍らに寄ってくる。
 「今の局面は、俺たち側の手番だ。そこで僕はここにクイーンを引き寄せる」僕は〈魚の墓石〉と〈城の墓石〉の間にイラストを書き入れる。クイーンを示す冠のマークだ。

 

図_墓地4

図_墓地4

 

 「だから、そこはポーンが利いているから――」
 「取れると思うか?」僕はヤマアラシの目をしっかりと見据えて言う。
 「いいか。これはチェス盤を模しているが、それ以前に墓地なんだ。この入居したばかりの〈城の墓石〉が〈クイーンの墓石〉を押し退けるようにして墓を移すなんて手を指せるか?」
 「それは……」
 「なんなら、この見えないマスの先にルーク辺りが控えていると考えてもいい。それなら、クイーンを取られてもさらに取り返せる」
 ヤマアラシは僕の言わんとしていることをとりあえずは了解したらしい。しかし、まだ簡単には引き下がらない。
 「百歩譲って、当座はそれで凌げるってことでいい。……けど、この局面はリスクがまだ残っているよな? こことここの2箇所に」指差したのは〈塔の墓石〉の横に接した空間だ。

 

図_墓地4.5

図_墓地4.5

 

 「ここにナイトを連想させるような墓石が入ってきたとしたら、今度こそ防ぎようがない。ナイトの利きは防ぎようがないんだ!」
 そう。そこまで考えないと、片手落ちなのだ。彼を納得させることはできない。僕は小さくうなずき、
 「だから、次の手でここに〈騎士〉の駒を置くんだ」僕は〈象〉の上のマスに馬の絵を書き入れて指差す。

 

図_墓地5

図_墓地5



 

 「そうすると、もう〈チェック〉は不可能になる。だろ?」僕はヤマアラシの様子を伺う。
 「各プレーヤーの持ちうる〈ナイト〉は2つだけ、ってことか……?」
 「もっと言うと、この局面は〈ステイルメイト〉っぽくなっている」
 「……た、しかに」ヤマアラシはハッとなったように手帳を覗き込む。
 この4×4の外がどうなっているかは不定なのだから厳密には確実ではない。しかし、元々が本人の心の問題なのだ。本人が認めたなら、それは〈ステイルメイト〉となる。
 「だけどよ、今のは仮の話だ。将来、そんなに都合よく〈クイーン〉や〈ナイト〉が入ってくるかは分からないだろ?」
 やはり、そうきたか。しっかりと準備をしておいてよかった。
 「じゃあ、これから見に行こうか」
 そういうと、事情がすぐに飲み込めないのかヤマアラシはその場に突っ立っている。
 「墓地の方、行くぞ?」
 「あ……?、あぁ」
 
 墓地に着くと、運送業者の人たちが待っていた。
 「おつかれさまです、ご依頼どおり王女さんのほうは先に置いておきましたんで」
 「どうもありがとうございます。では、これから騎士の方もお願いできますか?」
 「がってん。……おい、サブ! タケ! 持ち上げ準備だ!」
 「へい!」
 運送業者の人たちが作業に入ったところで、僕は王女の見える角度にヤマアラシを誘導する。それは、美術部で持て余されていたあの王女の石像だった。
 「あれが〈クイーン〉。そして、今、持ち上げられて……下ろされているのが〈騎士〉だ。よくできているだろ?」
 指差した先には、もう一つの騎士の石像。まさに土台に載せられて向きを調整させられているところだ。
 「な……んで」
 「美術部の知り合いに事情を話したら、喜んで提供してくれたよ」嘘ではないので、そんなこともさらりと言えた。
 「正式なる入居者が現れし日まで、石像置くこと能うなり。無論、今後の墓石配置の折は可及的配慮する所存なり」
 久慈くんがいつの間にか取り出していた数珠を手首に通し、合掌して宣言する。
 ふと視線を戻すと、手前に王女、その先に騎士が見える。騎士の石像の方も作業が終わったようだ。綺麗に位置が定まり、土台の方には転倒時に備えて目立たない範囲での補強が加えられている。
 陽光を受けて見た石像はいずれも屋内の蛍光灯の下で見たときよりもリアリティが感じられた。
 この石像も本来であれば、去年の学校祭で一度役目を終えている。祭の後で処分されていてもおかしくなかった存在だ。それが墓地とはいえ、こうして再び役目を帯びて立像することになった。将棋の持ち駒のように。
 「……がとう」
 傍らに居たヤマアラシが小さな声で礼を言ってくれた。それはほとんど聞き取れない言葉だったが、僕は敢えて聞き返そうとは思わなかった。

 和尚の務めが終わるまで、僕は寺の手伝いをしたり、談話をして過ごしたりしていた。
 気づけばすっかり日も暮れてきていた。和尚が本堂に待っていると聞いて、僕たちは向かうことにした。
 本堂はとても広く、たった3人では落ち着かないほどであった。用意されていた座布団に正座をする。将棋道場で多少鍛えられているといっても、普通の男子高校生よりはと……いうレベルだと思う。久慈くん、僕の足が痺れる前に速攻で決めてくれ! そう心の中で祈ることにした。
 「一斗和尚、折り入っての話があり……」そして、久慈くんは切り出した。
 墓石のいたずらの謎がとけたこと。いたずらの主が改心してくれこと。
 謎が解明し、事態も収束できたと一斗和尚は普段以上に柔和な表情を浮かべている。機は熟したと見て、久慈くんは続けて本題に入った。
 僕がバンドのメンバーを捜していたこと。そのバンドのドラマーとしてスカウトされたこと。しばらく、その練習に時間を使いたいこと。
 すると、一斗和尚の顔からは次第に笑顔が失われていった。山頂の雲の流れのような急激な変化だ。
 やがて、一斗和尚は完全なる無表情になり、久慈くんの話をじっと聞いている。
 僕は微動だにできず、握り締めた拳の内側にじわじわと汗を浮かべることしかできない。これが、噂に聞く〈不動明翁〉。なんという威圧感だ。
 しかし、久慈くんも負けてはいない。その威圧感に声を震わせることもなく、話を続ける。血のつながっている親だから気にならない、ということではないだろう。日々の鍛錬の賜物だろうと感じた。
 久慈くんが話を終えて室内には静けさが訪れた。余りに静か過ぎて、耳の奥でキーンという高音が鳴っているような気さえしてきた。
 じっとしているのがこんなに辛いことだとは。
 やがて、一斗和尚が静かに口を開いていき、出てきた言葉は。


 「――っ喝!!」

 

 寺の建築物としての寿命が10年は縮みそうな大声が部屋一杯に響いた。
 これには、僕だけでなくさすがの久慈くんも肩をびくつかせる。
 「だからお前は未熟なのだ。助力を求められたにもかかわらず、二つ返事で引き受けぬとは! 人助けこそ大いなる修行の一環。明日といわず、今宵から準備をせい!」
 圧倒的な声量のせいで、僕たちはすぐに意味が理解できなかった。しかし、言葉の内容を消化しきると、互いに顔を見合わせて破顔した。
 ふと見ると、一斗和尚はいつもの柔和な表情に戻って茶をすすっていた。部屋の外で、秋の虫がリリリと彼らの音夜祭を始めていた。
 
 *****
 
 こうして、僕たちのバンドは準備が整った。次の日、久慈くんは早速ドラムの使い方を覚えるため、一緒に練習に参加してくれることになった。
 始めこそ、木魚と楽器との勝手の違いに戸惑っていたが、飲み込みは早く基本的なリズムは瞬く間に習得してしまった。元々、音楽的センスも良いのだろう。
 はじめは、心配顔だった高楠先輩も今ではすっかり表情を穏やかにしている。
 また、睨んだとおり、手を動かしつつ歌うことも問題がないどころか、お手の物だった。僕と高楠先輩が高めの声なので、低音ボイスなのもバランスとして非常に都合が良い。3人で歌えば心強い。これで、ヴォーカルの問題も解決しそうだ。
 順風満帆、いいことづくめのようにも思われたのだが、一つだけ欠点があった。それは脚だ。
 キックドラムだけは何度練習しても一向に上達しなかった。「正座を続けるは容易なれど……」と坊主頭を掻く。それどころか、椅子の上に正座をしたほうがやりやすいと申告したのだ。
 これは、ドラマーとしては致命的か、一体どうなってしまうのかと暗澹たる気持ちに包まれかけたが、ここは高楠先輩が一肌脱いだ。
 腕のスキルは全く問題ないと判断し、ハイタム・ミドルタム・ロータムを思い切って取り外し、キックドラムを横倒しにして据えつけた。そして、楽譜もタムを使わないようなアレンジに変更をした。
 「まあ、場合によっては、コンピュータの方に打ち込んじゃうこともできるから」
 キックドラムをキックしないなんて、禅問答のようだったが、試してみたところこれは非常に上手い具合にはまった。
 「拙僧のために忝い……」久慈くんはポケットから数珠を取り出すと、高楠先輩に手を合わせる。ってすごいな、数珠を携帯してるのか。
 僕のギターの方も、日々の練習の甲斐があったのかはじめのころからは見違えるようになってきた。少なくとも、失敗しても明らかなミスと思われないようにできるレベルには達してきている。
 ブブブブ……、卓上に置いてあった僕の携帯端末が振動した。発信元を見ると奥地会長だ。
 「はい、瀬田です」
 「瀬田部長、5件目が発生した。今度はヘビの様子。しかし、少し今回は不可解な点があり。口頭説明が難しいため、生徒会室までご足労いただきたく」
 不可解? しかし、ここで考えていても仕方ない。奥地会長の言うとおり、対面で説明を聞く方が早いだろう。
 ちょうど練習時間も終了になったので、僕はすぐに生徒会室へ向かうことにした。
 生徒会室の扉を開けると、奥地会長と脇に初対面の男子生徒がいた。体格はどちらかというと痩せ型だが、眉が太くてたくましい。
 「本郷部長。こちらが、先程話していた特別調査顧問瀬田部長です。瀬田部長、ご足労感謝します」
 「いえいえ」
 「まずはこれを」
 奥地会長が僕に紙を手渡してくる。それにはこうあった。

 『しなやかなヘビの模型。しばらくの間、お借りします』
 
 紙の大きさや活字のサイズもこれまでと全く同じだ。一連の流れの一つと見て間違いないだろう。
 「どうしてあんなマニアックなのだけ狙われたのか……。いや、全部持っていかれても困るんだが、訳が分からなくてさ。君もおかしいと思うよな? 祭の展示にも使おうと思っていたのに……」本郷部長が頭を掻き毟りながらため息をつく。
 「確かに訳は分からないですけど……。たて――」
 立て続けに災難ですね、と言いかけたところをすんでで飲み込んだ。もしかして……。
 「あ、いや、すみません。念のために確認させていただきたいんですが、正式名称は何部というのでしたっけ?」
 「正式名称? ああ、海洋生物研究部だよ」
 その答えを聞いて、僕はほっとした。被害がヘビと聞いて、僕はてっきり爬虫類研究会だと思い込んでいたから、うっかり盗難事件が複数起こっていることを漏らしてしまうところだった。本郷部長が『どうしてあんなマニアックなのだけ』と言ってくれたおかげで助かった。
 やりとりを見ていた奥地会長も、僕に部活や盗品についての説明を十分にしていなかったことに思い至ったようで、
 「そう、実際に盗まれたのはオオウナギの模型だったにもかかわらず、置かれていた声明文には『ヘビ』とあり」と補足を入れてくれた。
 確かに、妙な話だ。今までは盗品と声明文は一致していたのに、今回は違っている。一致していないといけないというルールなどないのだが、犯人の行動がデタラメになってしまうと推理の難しさは跳ね上がってしまうだろう。
 すると、本郷部長がはっとした表情を浮かべて、恐る恐るこう言った。
 「奥地くん……。これ、もしかして『ヘビ研の呪い』なんじゃ……?」
 ヘビ研?
 「もう3年以上前の話。それは考えづらく」奥地会長も否定はするものの、その表情は険しいままだ。知らないのはどうやら僕だけのようだ。
 「すみません、『ヘビ研の呪い』というのは?」
 「あ、あぁ、元々は生徒会や一部の部活の連中しか知らないことだしな……」そう言って説明をしてくれた。
 数年前、大矢高校にヘビ研究部という部活があった。部員はたった1人、しかしヘビへの執着心が物凄いこともあり、陰ではマムシと呼ばれていたそうだ。
 マムシは大矢高校でヘビを扱うのはヘビ研のみであるべきだ、という偏屈家で、爬虫類研究部がヘビを取り扱うことだけでなく美術部員がヘビを描くといったことさえ禁止しようとした。
 いくつかの部活からの嘆願を受け、当時の生徒会もヘビ研への勧告を出したものの、今度は表立たない陰湿な手口の被害が続いたと言う。
 それ以来、ヘビを取り扱う可能性のある文科系部活動ではマムシが卒業した今もヘビをタブーとして扱っているらしい。
 しかし、5件目だけ考えるならまだしも、1件目から4件目についてはそれだと腑に落ちない気がした。
 オオウナギをヘビだと主張するなど、『馬鹿の故事成語』のようだ。犯人は、見間違えたのだろうか。それとも……

 どうしても、『ヘビを盗んだ』という事実を作りたかった理由でもあるのだろうか。

 *****

 夕飯の後、リビングのソファのところに行くと、母が食後のコーヒーを飲んでいた。
 「……桂夜も飲む?」
 「いや、いいよ。こんな時間に飲むと眠れなくなるから」
 親父は基本的にテレビを観ないが、夜のニュース番組だけは欠かさず観ている。理由は簡単で、我が家は新聞を朝しかとっていないからだ。
 ニュース番組の間に、大手コンビニチェーンがクマッタとのコラボレーション商品を販売している旨のCMが流れた。
 「あ、あのクマッタの原作者って、大矢高校出身なんだって」
 「……ほぉ。さすが、大矢高だな」
 ニュース番組の内容は、とてつもなく大きなカボチャが実ったとか、紅葉シーズンに向けて準備を進める地域の話題などが中心だった。つまり、今日も平和な一日だったということだ。
 「……さて寝るか」
 ニュース番組が終わり、親父が立ち上がる。ただいま、夜の20時。早寝早起きにも程がある。よくコーヒー飲んですぐ眠れるものだと感心する。
 入れ替わりに母親がやってきた。そうか、推理もの番組の時間だ。母はバラエティが好きだが、推理もの番組はもっと好きなのだ。
 番組のオープニングミュージックが流れている中、母は卓上の新聞を手に取るとラテ欄を開き、
 「今日の犯人はこの俳優ね」と呟いている。
 「あのさ、それじゃ面白さ半減しない?」僕は思わず突っ込みを入れる。
 「だって、トリックの方に集中したいでしょう」
 まぁ、確かに大御所俳優が見せ場の無いまま、番組終了というのはテレビ的にはまず無い話だろう。その時点で小説よりテレビの方が分が悪いんだろうなぁ。
 「ふむふむ、俳句教室の師匠が被害者か……。すると、その設定を活かしてダイイングメッセージが俳句とか、季語あたりを暗号にするとか……」母はぶつぶつと呟いている。本当に番組制作者泣かせである。
 とそのとき、予期せず〈跳躍(リープ)〉がやってきた。
 あの盗難騒ぎがなんらかのメッセージを訴える類のものだとしたら大失敗だ。これまでに、生徒会や各部をはじめ、僕たちは何も理解できていないのだから。
 逆に、これは知られては欲しくない類のメッセージ、と考えるべきなのではないだろうか。そして、知られたくないメッセージ――暗号を作るならば、自分が他人より詳しいものを題材に選ぶはずだ。
 僕は、そのままリビングの家族共用パソコンに向かい、WEBブラウザを立ち上げた。そして、携帯端末を開きながら調べを進めていく。
 すると、僕の考えを裏付けるようなページがいくつかヒットしはじめる。そして、散り散りだった情報が意味を成し、一つにまとまり始める。
 そして、確かあの人たちのフルネームは……。自室に戻り、念のため確認して確証を得た。僕は、携帯端末を操作して電話を掛けはじめる。
 「……あ、夜分すみません。瀬田です」
 「瀬田部長。もしや」
 「はい。犯人の目星がつきました」電話の相手、奥地会長は「おぉ」と小さく声を漏らした。しかし、本題はそれだけではない。
 「ただ、今はまだ静観してほしいんです」
 僕が続けたその言葉に、電話の向こうから奥地会長が一瞬息を詰まらせた様子が聞こえてくる。
 「……アロマ研究部部長が、事と次第によっては、教員側に報告をすると相当息巻いており。生徒会としても、被害がこれ以上続くのは――」
 「――続きません。恐らくは」
 そして、再び数秒の沈黙が生まれた。先に言葉を発したのは奥地会長のほうだった。
 「……承知した。この件について、瀬田部長を信任したのは私自身。
  ところで、『今はまだ』ということは何かしらの策があると?」
 「はい。この件は、犯人が自分から行動の過ちに気づいて、納得しないと終われないんです」僕の脳裏に、網諾寺の教えがよぎる。
 「今から言う人を、音夜祭の俺たちのバンドの演奏のときに、できるだけ前で見物するようにしてほしいんです」
 「お、音夜祭に?」声の調子から、さすがの奥地会長もやや虚を突かれたようだ。
 それでも、確証めいたものを感じてくれたのか、乗りかけた船に開き直ったのか、それ以上問い返さず一言「承知した」と応じてくれた。

 *****

 金曜日の放課後になった。学校祭、そして音夜祭まではあと一週間だ。軽音楽部の部室の片隅で、僕は緊張の面持ちで腰掛けていた。
 視線先には、紙面を真剣に見詰める高楠先輩の姿。読んでいるのは、僕が書き上げた詞――音夜祭で僕たちが歌うことになる歌用の――だ。
 素人が数日で作り上げたものだ、ダメ出しが出るのは当然、そう心に言い聞かせ続けているが、やはり否定的な言葉はなるべく聞きたくないのが心情だ。
 やがて、高楠先輩が口を開いた。
 「うーん……、選択したキーワードとか、統一性みたいなものがやっぱりアマチュアっぽいけど……全体的にいいんじゃないだろうか」
 「あ、ありがとうございます……」最悪、作り直しを命じられるところまで覚悟していただけに、ありがたい限りだ。もしかしたら、残り日数が少ないことのほうを心配してのおまけ合格といった位置づけかもしれないけれど。
 「拙僧も好感なり。意図するところ、網諾寺の説法にも通ずるところあり。今宵、和尚にも……」
 「わっ、勘弁勘弁! さすがに、それは恥ずかしすぎるから」
 その後、練習のローテーションが回ってきて、僕たちは初めて歌詞入りで曲の練習を行った。初めてということもあって、歌詞はところどころ間違えたり、演奏の方がおろそかになったりと散々だった。
 「……」
 しかし何か、大きなものを一緒に作り上げている、そんな感覚が今まで以上に得られた。片付けをして、部屋を他のバンドに譲った後も余韻は残っていた。それは二人も同じだったようだ。少ない時間に少し焦りを感じていた表情は、明らかに良いほうに変化してきている。
 「それじゃ、土日も頑張ろう」高楠先輩の言葉に、僕も久慈くんも力強く頷いた。
 
 *****
 
 それから一週間は瞬く間に過ぎた。
 生徒会からの依頼もめどがついており、音楽の方が軌道にのってきたおかげで、学業や将棋部の方も並行して進めることができている。非常に良い状態だ。
 明日が本番となる金曜日、音夜祭のリハーサルを体育館で行った。体育館は今まで練習してきた場所に比べ、圧倒的に広い。これは相当音量を出さないと会場を盛り下げることになってしまうだろう。
 もう、この音量で練習をできる機会ないだろうから、ある意味では一発勝負という状況は避けられそうに無い。
 廊下で高楠先輩らと別れて、どうしたものかと思っていると、携帯端末が揺れているのに気づく。詳細を確認してみると、福路くんからのメールだった。
 どうやら困りごとが起きているとのことで、僕は求められるままに1年4組の教室へ向かった。
 教室に着いて入口から見回すと、見慣れた銀縁メガネを発見した。と、傍らに一人の女子がいる。
 「おぉ。瀬田くん。待っていたよ」
 形式的な挨拶もそこそこに、傍らの女子を紹介してくれた。
 「こちらが、蒼井妃冨さん、だよ」
 「……はじめまして~」
 お、やっぱり。二人の間の距離感からおそらく恋人同士の関係、とくれば福路くんの彼女である蒼井さんだろうとは思っていたが。
 緩い縦ロールに少し眠そうに垂れた瞳。その全体的におっとりした雰囲気は『お嬢様』と呼ぶのが相応しそうなものだった。とても、名前の漢字を間違えただけで口もきいてくれなくなるように人は見えない。
 「彼が瀬田桂夜くん。困ったことがあったら、彼に相談するのが一番なんだ」今度は僕の紹介か。簡単に「瀬田です」といって会釈する。
 「それで、用件っていうのは……?」
 事情は蒼井さんのほうが話してくれた。
 「……実は~、学校祭で~チョコをね~出す予定なんだけど~」
 きっと話し方のせいだが、内容の割りには、非常に長い説明だった。まとめると次のようなものだった。
 蒼井さんは料理研究部に所属しており、学校祭で事前に作ったクッキーなどのお菓子を販売するのだという。蒼井さんは箱入りのチョコを出す予定なのだそうだ。しかし、チョコを一回り大きくしてしまったため、反比例するように個数が少なくなってしまったのだと言う。
 「ホントにおっちょこちょいなんだよ。数を確認してたらまだ溶かして作り直せたのに、ココアパウダー掛けてから気づくんだからなぁ。」
 12個入りを10箱作る予定だったため120個必要なところ、出来上がった個数は117個。3個も足りない。
 売上ノルマもあるため、なんとかして10箱分作りたいのだというが……。
 「困ったわよね~」頬に手をあてて小首をかしげる蒼井さん。その様子だけでは困り具合が今ひとつ伝わってこない。
 「11個入りを10箱作るんじゃダメなの?」
 「普通に考えたら、そう思うよね」福路くんがそう言いながら、意味ありげに蒼井さんの方に視線を移す。
 「でも~、そうして3×4のに入れると、1つ空いちゃうじゃない~? クレームがきちゃうと困るわ~」
 まあ、買った商品の中身に空の部分があったら入れ忘れだと思うのが普通かもしれない。予め説明をしていたとしても、文句を言う人は「説明不足だ」などごねてくるだろう。
 「箱の区切り方を変えることはできないの? 2×5とか」
 「間仕切りはまだ作ってないからできるわよ~。でも~」
 「でも?」
 「10個で500円じゃ高いって思われそうじゃない~」
 10個だと少なすぎ、11個だとうまく配置できない。そういう不思議な悩みなのだ、と僕は理解した。視線を移すと、福路が苦笑いしているのが見えた。恐らく、このほわわんとした雰囲気と裏腹になかなかの頑固者なのだろう。
 「そういうことだとすると、個数は11個。で、いかに不自然じゃなく配置するか、ってことでOK?」
 「そうね~」
 11個、11個。頭の中に色々な配置パターンを考えてみるが、なかなかしっくりくるものはない。
 「こうやって中心から放射状に仕切れば、一応、11等分になるけど……」
 「箱は長方形だから、ちょっと苦しいわね~」
 「じゃあ、一列に11個並べるのもダメか……」
 その後も20本のタバコの7・6・7の収納の方法を参考に、4・3・4の並べ方も試してみたがやはりうまくない。もし「なんで真ん中だけ3つなの?」と問われたとして、それに答えられないのだから。
 こうしてああでもないこうでもないと、3人で考えているうち、僕は先日の将棋部の展示の会議のことを思い出していた。あのときも、美月の一言から次々と面白いアイディアが浮かんできたんだっけか。
 「ん、待てよ……」
 〈跳躍(リープ)〉してきたイメージをキャッチし、手帳に線を引いていく。ここが枠だから、線の数はこうなって……。
 「こんな感じのはどうかな」
 二人が覗き込んでくる。が、表情は冴えない。「えーと、どういうことだい?」ややあって、福路くんがおもむろにそう切り出した。
 改めて自分の作図を覗いてみて納得。試行錯誤したり、慌てて描いたためか、線が歪んでいたり補助線が邪魔になったりしている。
 僕は、最終的な線を太く濃くトレースして、再び二人に提示する。「これなら、どうだろう?」
 「……」
 4つの眼が僕の描いた線をじっくりトレースしている。そして、
 「これ、僕はナイスアイディアだと思うよ! ね、ひとみん?」
 「そうね~♪」
 一番の難関は、蒼井さんが納得できるかだと思っていたが、どうやらそれもクリアできたようだ。安堵していると、蒼井さんが何やら手許の布袋をごそごそといじっている。そして、中から白い紙袋を取り出した。
 「それは?」
 「これが、例のチョコよ~」そういって、紙袋を広げる。中には、ピンポン玉より一回り小さいくらいの茶色い玉がたくさん入っていた。ココアパウダーがまぶされているのか、表面は粉がふいたようになっている。
 「それ、どうするんだい?」
 「え~? こうするにきまってるでしょ~」
 言うなり、蒼井さんは中の一つをぱくりと口に頬張ったではないか。そして、
 「11個詰めだから、7個は余るわけでしょ~。二人もどう~?」
 なんとも、マイペースな人だ。しかし、ありがたい申し出ではある。福路くんとしばし顔を見合わせていたが。
 「じゃ、遠慮なく」甘い誘惑に勝てるほど、昨今の男子高校生は強い生き物ではない。

 今思い出しても、口の中にチョコレートの甘さが蘇るようだ。
 僕は〈まめしば〉へ向かっていた。ちょうど、入荷された新豆を親父に頼まれていたこともあるが、僕の方も以前にマスターに頼んでいたあるものを受け取ろうと思っていた。
 「こんちは、マスター」
 「い、い、いらっしゃい」
 マスターは僕の姿を見るなり、手際よく豆の計量をはじめた。いかにも常連客という扱いだ。
 「例のアレ、できてます?」
 ザザザと豆を袋に詰めているマスターに尋ねる。マスターは振り返ると、小さく頷いた。戸棚から、小さな袋を取り出すと僕の方に差し出してきた。
 「あ、あ、開けてみて」
 マスターに促されて小袋を開くと、中からリップクリームをふた周りほど小さくしたような円筒形のものが出てきた。その先には細い紐が輪を作っている。うん、イメージどおりだ。
 「ありがとうマスター、イメージどおりすよ」
 「そ、そ、それは良かった」マスターは嬉しそうな顔を浮かべる。な、な、中には、〈ヴォンレスファーム〉のを入れてみたよ。あ、あ、あそこのは香りが一際いいから……」
 しかし、カウンターの下にあるショーケースを覗いてみると、ちょうど〈ヴォンレスファーム〉の籠だけが空っぽになっていた。
 「あの、〈ヴォンレスファーム〉ってもう無いんですか?」
 「ご、ご、ごめんね。れ、れ、例のアレ作った後にちょうどお客さんが来て、全部買ってっちゃったんだよ」
 「そうなんですか……」
 せっかくなら、そのコーヒー豆自体も自分用にキープしておきたかったのだが、そこまで予めお願いしていなかったのは手落ちだった。致し方ない。
 視線を少し右に移すと、カウンターの脇のもう一つショーケースの異変に気づいた。中には、小さなチーズケーキやミルクレープなどが陳列されていた。はて、以前はここもコーヒー豆が入っていた気がするが……。
 「あれ? ここってケーキ入ってましたっけ?」
 「そ、そ、そのケーキはね。じ、じ、実は……」
 マスターの話を聞いて、僕は驚いた。なんと、これらのケーキは、あの極度のあがり症の女性記者・加納瑛子さんの手作りなのだというのだ。
 元々、ケーキ屋を開きたいと思っていた加納さんはどんな経緯か新聞社に就職して力を発揮できずに悶々としていたところ、この〈まめしば〉に出会った。
 コーヒーの美味しさを堪能するうち、昔の夢を思い出したという。お金を払ってでも自作のケーキを置かせて欲しいという加納さんは嘆願した。本来であればあまりに突飛なお願いと思えたが、そのケーキを一口食べると、マスターは快諾したという。
 お互いに、人付き合いはそれほど得意ではないものの、自分の信念は妥協せず突き進める強さは持ち合わせている。当人達が気づいているかは分からないけど、なかなか良いコンビなのではないだろうか?
 代金を支払い、マスターに別れを告げる。
 「が、が、学校祭、明日だったかな。す、す、少しだけ遊びに行くよ」
 「お待ちしてます」
 せっかくだから、加納さんと一緒に来たらどうですか? 僕は、心の中だけでそう付け加えた。

 

 小説『Fall on Fall =俯瞰の秋=』(4/4)に続く

 

小説『Fall on Fall =俯瞰の秋=』(2/4)

 *****

 「将棋ファンのみなさんにはご高齢の方も多いですから、たまたま私の指した将棋が最後に見る一局になる可能性だってあるでしょう。
  もちろん、私自身だっていつお迎えが来るか分かりません。
  だから、常に誠心誠意の将棋を指し続ける。それが、この佐波新継の生きる意味なんですな」

 「人に好かれたいとか、人に認めてもらいたいと常々思っておられる方は、まず己自身が己自身を好いて、認めるとよいでしょう。
  世界に一人は自分のことを好いてくれたり、認めてくれる人がまず存在することになるわけです。
  私は私が好きですよ? まあ、もう少し顔のシワが減ってくれるとありがたいんですがね。ははは」

                    ――『佐波九段名局集』より

*****

 

 第二章 『失踪したありきたりな日常』
 
 月曜日の3時間目。休み明けのしんどさとお腹の空き具合がだいぶ辛くなってくる頃合だ。
 僕たちのクラスは丹治先生による数学の授業だ。丹治先生といえば、英語の石井先生と並び眠くなる授業の権威だが、一つ生徒に喜ばれていることがある。
 「では、今日はここまで」
 丹治先生は教科書やら指示棒を手際よく取りまとめると、すっと教室を後にした。扉が閉まる音と同時にお昼休みのチャイムが鳴った。
 時間はジャスト11時50分。3時間目に限らないが、丹治先生の授業はきっちりと終わる。逆に短く終わることもないわけだが、この学校の先生は全体的に時間オーバーをする教師が多いとの統計情報も存在するため、相対的に生徒からは好評である。
 ここまでくると、堅物できっちりとした性格が良く体現されているな、と感心してしまう。
 って、感心している場合ではなかった。僕はカバンから、弁当一式を取り出すと早足に一年四組に向かった。
 「あ、福路くん」
 目的の人物は、財布を手に教室から出て行こうとしていたところだった。どうやら、ぎりぎり間に合ったようだ。
 「たまには一緒に昼どう?」
 「もちろん、いいに決まっているよ。でも月曜日に珍しいね」
 二人ともクラスに友人もいるし、普段はその友人達と昼食をとることが多い。ただ、たまにこうして一緒に昼をとることもある。僕は木曜日以外は母の手づくり弁当なので、福路くんと食べるときは買い食いをすることとなる木曜日が多かった。
 お互いに波長が合うというか、相性がいいというか、少し込み入った話をしやすい友人関係だ。
 昨日、副会長に心のわだかまりを一旦は吐き出して『音楽との合わせ技』という道を得かけたものの、今年の参加が相当難しそうだと知ってから頭の中に再び迷路が再構築されてきていた。福路くんとしては迷惑な話かもしれないが、僕もしょっちゅう福路くんの愚痴を聞かされているので差し引き問題ないだろうと思う。
 福路くんと購買部へ向かう。彼は毎日買い食いだ。なんでも、両親共働きなのだそうだ。僕としては、毎日好きなものが選べて羨ましいなとも思えるのだが、それはきっと贅沢な悩みなのだろう。
 カレーパンとチョコクロワッサンと珈琲牛乳を手に、福路くんが戻って来た。惣菜系と菓子系のパンを一つずつ選ぶのがポイントらしい。前回は確か、焼きそばパンとクリームパンだった。
 僕たちは校庭の行きつけの場所に向かう。古い大木の下、なだらかな傾斜になった芝生の上だ。夏は葉が日傘になり、秋になったいまは枯れ葉が徐々に落ち始めて、柔らかな日差しが差し込んできている。まるで、童謡『ちいさなもりのおおきなき』の世界だ。
 僕たちは、小さく折りたたんでいた新聞紙をそれぞれのポケットから取り出して広げる。制服を汚さないようにするためだ。
 「……さて、織賀さんと何があったんだい?」
 腰を下ろすなり、福路くんは柔和な表情で問うてきた。本当に、こういう方面は鋭いよなぁ、福路くん……。
 「あっ、まぁ、えーと……」
 福路くんには僕が美月と彼氏彼女の関係である、と言ってあるのだ。実際は、彼女という表現は微妙に適切でない。美月自身が持つ『記憶の初期化』という大きな問題を解決するための協力者といったところが近いかもしれない。
 しかし、美月の秘密を本人の許諾もなく広めるわけにもいかないし、そもそもそんな事象を上手く説明をできるはずもなく、信じてもらえなさそうな話である。少し照れくさいが、やはり彼氏彼女という間柄が一番手軽ではある。
 僕は、昨日の大会のことを少しずつ話した。内容はほとんど副会長に昨晩話したものと同じだ。
 実力不足で、入賞に至らなかったこと。対する美月はあっさりと優勝を成し遂げてしまったこと。心からおめでとうと言ってあげられなかったこと。ふがいない気持ち、美月をうらやむ気持ち。何を寄る辺にしたら良いか分からない落ち着かない気持ち。
 「まぁ、彼女があの織賀さんじゃあなぁ……。瀬田くんは大変だ。僕らはまぁ、似たり寄ったりな感じだからね」。
 「やっぱ、釣り合ってないのかな……」
 これは今までも、何度となく思ってきたことだ。美月は僕に期待してくれている。でもそれは過大評価しすぎなんじゃないか、と。
 「そんなことはないと思うけどさ。あ、でも僕は僕で大変だよ。同じクラスだからね。さっきも、数学の授業でウトウトしていたら丹治先生に『久慈の家で喝を入れてもらってこい!』って怒られちゃったよ。ああ、恥ずかしい……」
 「久慈? 喝って?」
 「そう。一年三組の。彼はあの〈網諾寺(あみだくじ)〉の長男坊だよ。将来の住職だね。ちなみに、読経研究部のエースらしい」
 網諾寺は街の北部にある小さな寺だ。武家に愛された宗派のようで、あまり宗教っぽさがなく、座禅などの精神の修行所として巷で有名らしい。近所でも、網諾寺の檀家になっている家が幾つかあった気がする。それにしても、
 「読経研究部……そんなのあったんだ」
 「ははは。さすが大矢高校だよね。まぁ、それはおいといて。
  僕は将棋をよく知らないけど、科学は失敗ばかり、というか失敗しているうちに何故か成功しちゃったってというばっかりだよ。ここまでの半年、一体どれほどの試薬を無駄にしてしまったことか……。自腹でないのが救いさ。
  でも失敗すると、『あ、こうすると失敗するんだな』ということが明らかになるんだよね。それって、もう失敗の定義じゃなくなっている気がしたりね。
  うーむ、何を言いたいか良く分からないことを喋ってしまったなぁ。はは」
 そういいながら、少し遠くの空を見上げている福路くんの横顔はおどけていながらも、僕なんかよりも少し大人びて見えた。

 *****

 放課後になり、僕は大会議室へ向かった。10月の定例生徒総会に参加するためだ。
 前列には生徒会の主要な面々が並び、中央には奥地会長、その脇には副会長の姿もあった。今日は、いつもの模範的な女学生ルックだ。改めてみると、ヒントがないと分からないレベルの変わりっぷりだ。
 徐々に他の部長も集まり、前回と同じような厳粛な雰囲気で総会は始まった。だが、今回は全く緊張の度合いが少なかった。たった1回、7月に経験しただけで慣れてしまうのだから不思議なものだ。 僕は、先日行われた大会の結果報告――男子個人はベスト4とベスト8が1名ずつ、女子個人は優勝を成し遂げた――をよどみなく報告することができた。
 前回と今回の間で夏休みが丸々入っていたこともあってか、他の部活も活動報告が充実していた。おかげで、前回よりも30分ほど時間が長くなっている。その後、生徒会から今月に行われる学校祭に関する諸注意などが伝えられた。
 「――では、以上で定例生徒総会を終わります」奥地会長がメガネのブリッジをくいっとあげながら厳かに告げた。
 僕は静かに一息つく。活動報告も無難に済ませられたし、前回持ち上がった『将棋部降格騒動』が再燃する気配が全くなかったことが何よりだ。
 他の部長たちと同様、配布された資料をクリアファイルに納めて僕は大会議室をあとにしようとする。すると、
 「将棋部部長」不意に呼び止められた。振り向く前に声の主は分かる。
 ゆっくりと振り返ると、奥地会長はテーブル上に肘をつき、手を組んでいた。「少し、この場に残って頂きたく」
 言葉だけで考えると、いかにも選択権はこちらにがありそうな錯覚を持ちそうだが、実際はそうではないだろう。
 僕は、「はい」と小さく応じると、近くの椅子に腰掛けた。そして、他の部長や生徒会役員が大会議室を去っていくのを静かに待つことになった。
 部屋の中が二人だけになったことを確認すると、奥地会長はやっと口を開いた。
 「瀬田部長。最近は、随分と活躍の様子と噂を耳にしております」
 「いえ……。久々とはいえ、3位も取れませんでした。それより女子部員の織賀さんのほうが優勝して、素晴らしい活躍をしています」
 随分と皮肉がきいているな、僕は内心でそんな風に思った。
 「いや、そちらではなく。これまでに学内外で起こっている、ミステリアスな事象を柔軟な思考で解決しているとか」
 「え?」
 「私も独自の情報ネットワークを色々と保有しており」
 「は、はぁ……」
 てっきりまた第二部降格の話を蒸し返されるのかと思っていたので、少し拍子抜けしたと同時に安堵した。
 しかし、柔軟な思考と言われると少し恥ずかしい限りだ。自分としては、突拍子もない〈跳躍(リープ)〉がたまたまヒットしていたということが多いのだから。
 「さて、本題に入らせていただきたく」奥地会長は、目を細めてドアの外を伺う。人影も気配もない。
 やはり来たか、と身構える。関係のなさそうな話で油断させておいて、ずばりと本題を切り出すという話術は、つい先日に副会長からされたばかりなので少し耐性がついていた。贔屓目に見ても、今回の将棋部の実績は第一部継続としては十分に思える。これ以上、強引に進めてくるようならこちらも騒ぎを大きくして反撃に出るよりない。
 しかし、奥地会長の口から出てきた言葉は僕の想像の斜め上をいくものであった。
 「最近、2つの部活から盗難と思しき事件が報告されており。それを調査して頂きたく」

 大会議室の時計の分針がカチリと動く。
 「盗難事件……ですか?」
 「いかにも。被害に貴賎などを言うのは不敬だが、いずれも高価なものでなく、各部の報告も便宜上といった色合いが強く」
 「具体的にはどういったものが盗まれているんです?」
 僕の問いに、会長は内ポケットからピシッと折りたたまれた紙を取り出した。広げてみると、プリンタで出力された文字列が列挙されていた。
 
 10月2日(木) 熊のぬいぐるみ(児童文化研究部)
 10月3日(金) ヒグマの写真(映像研究部)

 熊……ヒグマ……。頭の中に、クマッタの困ったような表情が浮かんできた。
 「クマ……ですか」僕はそう呟いていた。
 確かに2つ部活とは言われたが、事件というからにはもっとたくさんのものが被害にあっていると予想していたので、少し意外だった。
 「そう、クマなのだ。共通項としてはそれくらいで、現場にはこのような紙面が置かれていたとのこと」
 奥地会長は先程と同じく、内ポケットから紙面を2つ取り出した。
 開いてみると、それぞれこうあった。
 
 『大きな熊のぬいぐるみ。しばらくの間、お借りします』
 『小さなヒグマの写真。しばらくの間、お借りします』
 
 紙のサイズや書体も全く同じところを見ると、どちらかが模倣犯という可能性は低そうだ。つまり、同一犯による連続盗難といえそうだ。
 「あれ? お借りします、ってありますけど……?」
 さっきから、奥地会長は盗難事件と言い続けていたので違和感を抱いてそう尋ねる。しかし、奥地会長は眼光を鋭くしてこう言い放つ。
 「返却される保証などない以上、盗難と同様である。生徒会内部でもそのように扱っており」
 そう言われればそうかもしれないけれど。少し大げさな気もする。そういえば、奥地会長の父親は弁護士だったか。本人も将来は弁護士を目指しているとも聞いている。と思っていたら、
 「本来であれば、規律に従い、学校側へエスカレーションした上で判断を仰ぐべきところである。しかし……だ。
  この事件がおおごととなり、学校祭中止に転ずるようなことに至れば――最後の学校祭を心待ちとしていた多くの3年生は落胆をすることだろう……」
 てっきり、学校祭が中止になろうとも厳粛に悪を裁くタイプの人かと思い込んでいたのでやや意外な感があった。将来の弁護士がそれで良いかどうかはわからないところだけれど……。
 「我々生徒会のメンバーも優秀なのだが、私を含めてこういった類の問題解決は得意としていないのだ。加えて、我々が動くのは目立ちすぎる」
 つまり、生徒会としては盗難騒動のエスカレーションを学校祭終了までは隠し通す方針でいるが、騒動が解決できればそれに越したことはない。僕に白羽の矢が立ったのも、柔軟な思考うんぬんよりは、将棋部に対しては『第二部降格』という切り札が使えると見込んでいるからかもしれない。
 ただ、これは僕にとってもチャンスかもしれない。何せ、生徒会長とのホットラインを作ることができるのだ。学生自治を重んじる大矢高校の生徒会に集まらない情報はない。
 「分かりました。尽力します」僕は、協力の意向を伝えた。
 と、そのときブーブーブーッとモーター音が鳴り響いた。太腿に感触が伝わって来なかったので僕ではない。
 案の定というべきか、奥地会長が制服のポケットから携帯端末を取り出すと「失礼」といい、すぐに通話体勢になる。
 ……うむ、うむ……ご苦労――。会長はそんな言葉を通話の相手に伝えると携帯端末をポケットにしまいこんだ。
 一体なにごとだろうか。そう思っていると、
 「瀬田部長、一旦それを返していただきたく」と会長が手を差し伸ばしてきた。それ、と言われて、渡された数枚の紙を手にしたままだったことに気づく。
 会長は僕から紙を受け取ると、プリンタ用紙を机の上に置き、胸ポケットのボールペンの背をノックしてそれに文字を書き足していく。

 10月6日(月) 香炉(アロマ研究部)

 会長が文字を書き始めたときに既に気づいていたことだが、どうやら3つめの盗難騒ぎが発生したようだ。『お借りします』の紙も置かれていたらしい。今度はクマとは一見関係がなさそうだが、同一犯である可能性は極めて高いだろう。
 まるで僕の挑戦を嘲笑うかのように知らされた新たな盗難だ。このペースで盗難を続けられたら、事件を局所的範囲で抑え続けることが難しくなってしまうかもしれない。あまり猶予はなさそうだ。
 そう、あまり猶予はないのだ。僕は手がかりとなりそうな情報を生徒手帳に書き写すと、調査を早速開始する旨を伝えた。
 「生徒会としては早期解決を望みますが、将棋部の活動優先で願います」
 敵対すると厄介だが、味方だとなかなか話せる人なのかもしれない。僕は頷くと、大会議室を後にした。
 廊下を歩いているうちに、先程の『優先』というキーワードで土曜日の夜の副会長が話していた音夜祭の話を思い出した。

 ――3年生の参加希望が優先される

 たとえ、3年生の希望が10組に留まり、2組の枠が余ったとする。しかし、その次に優先されるのは2年生だろう。すると1年生が参加できる可能性としては、3年・2年の希望が11組以内である場合――となるが、その可能性はまずなさそうに思える。
 しかし、音夜祭に出たいという想いは強くなるばかりだ。何か、手はないだろうか。先輩方の顔を思い浮かべていく。しかし、いずれの先輩もバンド仲間が固定化されており、飛び入りで1年生が入り込める余地などあるはずがない。
 そのとき、家族からのメール着信を知らせる音がした。時間帯から考えてきっと母親だろう。たまに、夕食の献立に悩むと僕に意見を求めてくることがあるのだ。
 ……電子音?
 頭の中にある人物の顔が〈跳躍(リープ)〉してきた。あの人は確か、3年生だった気がする。もしかしたらいけるかもしれない!
 僕は足早に軽音楽部の部室に向かった。

 *****

 校舎が黄金色に染まるはじめ、部員が次々と楽器を片付けはじめている。そんな中、一人だけ楽器でないものを片付けている3年生に声を掛けた。
 「高楠(こうくす)先輩。あの……一つご相談したいことがあるんですけど……」
 「ん? キミは……。ゴメン、誰だっけ?」
 振り向いたのは、細面の大人しい雰囲気の男子生徒。軽音楽部にあって、楽器を使っていない異色の部員だ。
 高楠先輩の使うものは、パソコン。DTM(デスクトップミュージック)――端的に言えばコンピュータに打ち込んだものを機材に演奏させる――をしている。元々、将棋部と掛け持ちをしている上に、普段はギター講座の輪の中に入ってばかりなので、交流の機会は全くと言っていいほどない。辛うじて覚えていたのは、春の仮入部の際に高楠先輩が使っていたDTMのことを上級生が遠くから説明をしてくれていたおかげだった。
 「1年の瀬田と言います。突然であれなんですけど、あの……先輩、今年の音夜祭って出ますでしょうか?」
 「あ、うーん……一応、エントリーはしてみてはいるけど、ね」
 その言葉にまずは安堵する。強制でない以上、3年生とはいえ出場しない可能性もあったからだ。
 「演奏は、DTMを流す感じなんですか?」
 「そうだねぇ……。キーを叩けばそれでやることはなくなってしまうけど、それじゃあさすがに味気ないからキーボードくらいは弾いている振りをしようかとは思うけどね……はは」
 そして、再び安堵。それならば、まだ望みはつながっている。僕は、姿勢を改めて伸ばして先輩に正対する。
 「唐突過ぎて、無茶苦茶であることも分かってます。僕も、一緒に演奏に加わらせて頂けないでしょうか」
 高楠先輩は無言のまま、ノートパソコン上のアプリケーションを終了していく。少しでも気持ちが本物であることが伝わればと思い、視界の中に入っていないことは分かっていながらも僕は直立不動の姿勢をし続けた。
 「……確かに唐突だね」
 ノートパソコンをパタンと閉じると、そう言われた。その視線は天井のさらに先を見ているようだった。、
 音夜祭まではもう2週間を切っている。普通ならば、曲目や演奏方式を定めて、それを完璧にするための練習に明け暮れている時期だ。DTM使いの高楠先輩ならばその時間的ゆとりやメンバー枠に余裕があると望みを掛けたのだが……。
 しかし、さすがにこの時期では無茶苦茶だったか。お詫びの言葉を述べようと口を開こうとしたら、「……いや。条件次第ではその話、呑んでもいいよ」とそんな答えが返ってきたのだ。
 「本当ですか!?」僕は思わず聞き返す。
 「実はさ……、生のバンド演奏っていうの、前からやってはみたかったんだ。でも、自分のミスで他の人に迷惑を掛けやしないかって考えてしまってさ……」
 「ちなみに、楽器はなにができるんですか?」
 「ピアノ。小学生にあがる前から中学生までずっとやってたんだ。ただ、アンサンブルはやったことがない」
 「へぇ……」
 「皆でわいわい演奏する軽音楽部に入ったのも、そのためだったんだ。でも、結果は見ての通りだよ……」
 高楠先輩は、オーディオコードを機材から抜き、手際よくケースにしまっていく。この作業を3年続けてきたのだろう。ケースを閉じると、こちらに指を1本立ててきた。
 「条件は3つ。その1、バンド形式にしたいから、メンバーを、あと一人……、ヴォーカルかドラマーかベーシストを探してほしい」
 確かに、せっかくバンド演奏にするなら人数は3人以上は欲しい気はするが……。先輩は構わず、指を2本にして続ける。
 「その2、音夜祭に向いた新しい曲を作り下ろしたいんだ。曲はそれにさせてもらいたい」
 「作曲、できるんですか?」
 「作曲ってのは誰でもできるもんだよ。というか、既に世界に人知れず存在しているんだ。それを再現、あるいは、記録してあげているだけに過ぎないと僕は思っているよ。上手か下手かは別としてね。
  ところで、君はギターが弾けるんだっけ?」
 「え、あっ、はい」つい勢いで答えてしまった。が、まあいいか。嘘は言っていない。上手か下手かは別としよう。
 先輩は、立てていた指を3本にする。
 「その3、僕が作った曲に君が詞をあてて欲しい。前言がくすみそうだが、作詞は苦手なんだ……」そういうと、先輩は苦笑する。
 え? 作詞? 僕が? 急に飛んできたキラーパスに僕は戸惑う。そして僕は、心の中でこう叫んだ。
 ――作詞ってのは誰でもできるもんじゃないんですか!? 
 
 自宅のベッドの上に寝転がり、僕は天井を見つめながら考えごとをしていた。
 結局、僕は3つの条件をクリアすべく動くこととなった。どれも易々とクリアできるようなものではない気がするのだが、もう他に当ても無いのだ。
 条件その2に異論は無い。もともと演奏曲に強いこだわりはなかったし、コピーバンドでないほうが演奏レベルを誤魔化せそうだとか、場合によってはギターのアレンジを大幅に簡単にしてもらうなどの柔軟さがありそうだから一概にマイナス要素ではないかもしれない。
 直後は戸惑ったものの、条件その3もそれほど大きな問題ではない気がしてきた。曲に詞をあてるなんてやったことなどないけれど、音符の数と言葉の数が最低限一致していれば大ハズレすることはないだろう。
 やはり、条件その1、これがネックになるだろう。今の時期に、どこのバンドにも所属していないベーシストやらドラマーなんているだろうか。……まず、いないだろうな。
 この間の泉西先生じゃないが、大矢高生の振りをして他校から助っ人を呼んでくるような荒業も考えられなくは無い。しかし、音夜祭は内部のイベントだ。やはり気が進むものではない。
 たとえば、今はやっていないが過去にバンドをやっていたという経験者はいないだろうか。頭に知り合いの姿を次々と思い浮かべるが、やはり思い当たらない。敢えて挙げるなら美月だろう。
 きっと、彼女なら当日の朝に習得して、夕方の音夜祭で演奏することくらいできる気がする。しかし、それでいいのかと思う自分がいる。将棋大会でも借りを作ってしまったばかりなのに。

 

 小説『Fall on Fall =俯瞰の秋=』(3/4)に続く

 

小説『Fall on Fall =俯瞰の秋=』(1/4)

 *****

 秋。
 運動の秋。
 読書の秋。
 芸術の秋。
 食欲の秋。
 秋という季節には、人のモチベーションを高める不思議な力がきっとある。

 そして、秋は月が美しい季節でもある。
 月は自ら光を放つことはないので、それはとても弱い光である。
 しかし、弱いがゆえに人の眼でも直接見ることができる、ともいえる。
 されど、それは夜の帳があればこそ。
 夜と月とは切っても切り離せない関係なのである。

                    ――カント・リケージ『夜の月』より

 *****

 

 第一章 『秋季将棋選手権大会』

 

 残暑がやっと落ち着いて過ごしやすくなってきた今日この頃。
 そして、9月末の期末テストが一段落して落ち着いて過ごせるようになった今日この頃。
 僕が通う大矢高校では学校祭が2週間後に迫り、数多くの部活が本格的な準備をはじめていた。
 文武両道を掲げ、四期制を採用するここ大矢高校では3ヶ月ごとに期末テストが訪れる。また、学業が疎かになれば特待生といえども簡単に部活禁止となってしまう恐怖のシステムが存在している。
 それゆえ、学園祭の準備でさえ綿密な計画のもとに行っていく必要がある。極端な話だが、学校祭が終わったらすぐ来年の学校祭に向けた準備が進められるくらいの意気込みが必要らしい。
 しかしながら。
 僕が部長をつとめる将棋部は、準備という準備を全くせず、ここまで来てしまっている。
 理由は大きく2つ考えられた。
 1つ。学園祭までのスケジュール感を持った先輩が一人もいなかったこと。3人の部員はみな1年生、今年の4月までは部員自体がゼロだったのだからこれは大きなマイナスポイントだ。
 2つ。友人の様子や、掛け持ちしている軽音楽部の様子から『何かおかしいな』と感づき、期末テスト前に顧問の泉西先生に尋ねたまでは良かったが、
 「そんなに心配すんなって。まだ慌てる時間じゃねー」
 自信たっぷりにそんなことを言っていたものだから、すっかり安心しきってしまっていた。喉元過ぎて熱さ忘れる、二日酔いになるたびに母がぼやいていたが、ニンゲンは都合の悪いことはつい忘れてしまう傾向があるようだ。今までの経験から冷静によーく考えてみれば、そこで安心するのが大いなる過ちだったのであるが、期末テストのことで頭がいっぱいで思考停止してしまっていた。
 そして、今日その話を再開していたところなのである。
 「催し物だあ? そんなの、かき氷に決まってんだろ。原価率がすげぇ低いんだよ。俺さまはバイトしたことあるから分かんだよ」
 扇子の開き具合をチェックしていた泉西先生は器用に逆切れ50%、高慢50%の配分で僕に言い返してきた。
 ……えーっと、はい?
 「面倒がらずにツッコミますね? なんで、将棋部の催し物が食品販売になるんですか?」
 「なんで、って。儲かるからに決まってるだろうが! 将棋部の予算は少ねーんだから」
 「八月の合宿、ポケットマネーだって言ってたのに、部の予算を使い込んだ人は誰でしたっけね。
  ……だいたい、かき氷なんて10月に食べたいと思う人なんていないですよ」
 「バッキャロー。地球は順調に温暖化してんだ。まさに追い風産業だろうが。それに10月っていっても、当日はべらぼうに暑い可能性があんだろ。
  っていうか、ガタガタぬかす前にこっそり校舎内に暖房入れて熱くしちまおうZE!」
 放課後の教室で、生徒と教師――いや、将棋部部長と将棋部顧問の激しい論戦が繰り広げられている。内容が至ってくだらないものであるのがなんとも情けない。
 その僕たちの両脇では、二人の将棋部部員が黙々とそれぞれがやりたいことをやっている。
 ガタタタタッ……。一人は、男子部員の斎諏訪徹(さいずわとおる)だ。体型は自他共に認める小太り。冬服への衣替えを最後まで抵抗していた生徒の一人でもある。
 ITスキルの高さを活かして、将棋部のウェヴサイトを管理している。その彼は小さなパソコンを物凄い速さで操作している。また何か、プログラミングをしているのかもしれない。
 ス、ススス……。もう一人、器用に片手で携帯端末を操作し続けているのは女子部員の織賀美月(おりがみつき)だ。今日も、端正な顔立ちながら無愛想な表情を浮かべて、トレードマークのポニーテールを結わえている。
 また、そんな外見とは裏腹に、一冊の辞書を丸ごと暗記したり、5桁同士の暗算をほぼ一瞬で計算できるほどの恐ろしい頭脳の持ち主でもある。ただし、欠点が一つある。意識が途切れると――つまりひとたび寝てしまうと――それまでの記憶が全てクリアしてしまうらしいのだ。そのため、毎日毎日律儀に行動記録や新たに得た知識を〈引き継ぎ〉する必要があるとのこと。ちなみに、このことを知っているのは僕と美月本人だけだ。
 「二人も何か言ってやってくれよ」
 しかし、二人は反応を示さない。まぁ、それも当然といえば当然かもしれない。
 将棋部の活動を通して『泉西潮成』という強烈なキャラクターを文字通り体験し、『干渉しないことが最良の策』と学習しているのだ。困ったことに僕も同意であり、事実なのでそれ以上何も求められない。
 「……分かりました。泉西先生のご意見、参考にさせていただきます」
 「おぉ! 瀬田も随分と物分りがよくなったな」
 「ただし。将棋部なので、あくまで将棋系の展示が基本にはしますよ? なお、『かき氷』だとストレートすぎるんで、『ヒョウカもやってます』とかにさせてもらいます」
 「氷菓……か。微妙に違うが、まあ、風情で押しきれそうだな! 風情万歳だっ。名機ダイヤモンドダストをメンテナンスせねばな! ふぉぉおおおおぅ、燃えてきたぜぇっ」
 泉西先生は鬨の声をあげて、砂嵐のように教室から消えていった。
 「ぉぃぉぃ、ぁんな約束しちまって平気かょ?」
 泉西先生の気配が完全になくなったのを確認して、斎諏訪がディスプレーから目を離して突っこんでくる。時折、真夏の夜の蚊のように、去ったと見せかけて舞い戻ってくるケースがあるのだ。
 「まぁ、なんとかごまかすさ。ただ、展示の概要は生徒会に予め提示する必要があるみたいで。生徒総会が月曜にあるからとりあえず今日中になんとか催し物はまとめないと、だ」
 学校祭における催し物は大きく2つに分けられる。販売系と展示系だ。
 販売系は、たこ焼きとか喫茶店といった飲食物を提供するもの。元々展示が難しい運動部や人手が割ける大所帯の部活が行うことが多い。うまく黒字にすれば部費に転嫁することができるため毎年一定以上の数があるらしい。
 展示形は、文字通り部活に関連するものの展示閲覧や体験を提供するもの。多くの人々に部の魅力や実績を伝えることで、地域からの支援や将来の部員の確保につながる可能性がある。文化系の部活にとっては一年のうちで重要なイベントの一つである。
 大矢高は街の中央にでんと位置しているため、学校祭における一般客の割合は他校に比べて多いらしい。それゆえ、どの部も気合は十分である。
 「今のところ考えているのは、盤と駒をいくつか置いて自由に対局ができるコーナーと、斎諏訪の将棋プログラムの二本立て、だな」
 「まぁ、妥当なところか」
 斎諏訪の作った将棋ソフトウェア――〈オーディン〉と〈ヴィシュヌ〉――は非常に優れており、学外からも高い評価を受けている。
 〈オーディン〉は対局型ソフトウェア、〈ヴィシュヌ〉は詰将棋を作成するソフトウェアだ。ちなみに、もう一つ〈シヴァ〉という詰将棋を解くソフトウェアもある。
 今年の夏、斎諏訪を将棋部に引き込むために、僕と美月と泉西先生(おまけのおまけで含めよう……)はこれら3つのソフトウェアと対決した。
 それゆえに、ソフトウェア自体のレベルの高さは身をもって知っているわけだ。それに、僕たち3人が展示スペースに一日中拘束されずに済むというメリットが何より大きいと思えた。せっかくの学校祭だ。参加者としても楽しみたい。
 「でもょ、それじゃっまんなくね?」
 確かに、物足りなさは感じる。他の部が少しでも祭を盛り上げようと一分一秒を惜しんで活動しているのを見ると尚更だ。とはいえ、案を考えるにも準備をするにも今からでは時間が足りなさ過ぎる。泉西先生め……。
 「なぁ、機能追加しようとしたら、学校祭までに間に合うか?」
 斎諏訪は3つのプログラムを僅か数日でゼロから作り上げている。機能追加であれば、残された時間でも十分余裕があるのではないか。
 「仕様がブレなければ楽勝だがな」斎諏訪が腕を組んで答える。これは、虚勢でもなく本心からの言葉のようだ。
 「例えば、〈オーディン〉に強さのレベル調整をできるようにして、勝ったらプリンタで認定証を出せるようにする……とか」
 「ぅぅむ……。前者は、評価関数で二番目とか三番目とか最高値を選ばねぇょぅすることで擬似的に弱くできるだろぅから……1時間ってとこか。後者は、プリンタ制御なぞやったこたなぃが、APIかライブラリをマニアがどっかWeb上に転がしてそぅだから……4時間ってとこか」
 「いや、十分だ」
 よしよし、いい感じに回ってきたぞ。ふと、傍らでここまで座って黙っていた美月に気づく。
 「美月はなんかあるか?」
 正直な話、その場の雰囲気で聞いてみたのだったが、思わぬ答えが返ってきた。
 「詰将棋で、最後にカラフルな絵が浮かび上がると面白くない?」
 「カラフルな」「絵?」男二人がそろって頓狂な声をあげてしまった。
 「ディスプレイに詰将棋を出すにしても、リアルの盤と駒の茶色にこだわることはないでしょ」
 えーと、つまり……? 僕は頭の中に意図するところを思い描いていく。すると、タイルで作られた絵のようなものが浮かんできた。
 盤を青く、駒を白にして、大空を飛ぶかもめの群れが。
 盤を黒くして駒を黄色や白したら、夜空に浮かぶ天体が。
 将棋に慣れきっていない美月ならではの発想と言っていいだろう。僕たちには全く浮かんでこない発想だった。詰まっていた排水溝が一気に流れ出すように、僕にも様々なアイディアが浮かんできた。
 「あ、じゃあ。駒の通った軌跡が図形を描くとか――」
 「――軌跡同士が交叉したときにどちらかがオーバーライドしたり、混色になったりすると複雑さが増して最後にあっとなりやすいかもね」
 「あと、指した手に応じて、音符が選択されていって、正解だったら最後に綺麗なメロディーができるようにするとか――」
 なんだか、だんだん楽しくなってきたぞ。
 ふと、美月と入れ替わりに斎諏訪が静かになってしまったことに気づく。そちらを見遣ると、奴は肩をすくめてぽつりと言った。
 「……ゃれゃれ、しばらくは暇を心配しなくてょさそぅだな」
 
 生まれて来たアイディアは実に30に上った。ただし、どれを取捨選択するかは実際に作業を行う斎諏訪に一任することにした。
 「さて、学校祭関係はこんなとこかな。あとは、明日からの大会も重要だな……」
 7月の第一回生徒総会で僕たち将棋部は第二部降格の可能性を示唆されていた。部員が僕と美月の二人だけで部活動の基本人数である三人を下回っていたこと、ここ数年の実績に乏しいこと(部員がゼロだったのだから当然だが)、逆に第一部昇格要望を出していた白物家電研究部が実績をあげていることが大きな理由だった。
 紆余曲折の結果、当時一人で電算研究部を立ち上げていた斎諏訪を将棋部に吸収し、斎諏訪の開発したソフトウェアもまた一定の評価を得たことで現状は一部を維持できている。しかし、やはり部活動たるもの大会やコンクールにおける実績が最重要のアピールポイントだ。
 部室や予算などの恩恵が得られる第一部と比べて、第二部は扱いが非常に質素になってしまう。なんとしても、第一部はキープしていきたいところなのだ。
 「ぁ~、久々でちょっと緊張してきたかもしんねぇ」斎諏訪がそんなことを言う。
 言われてみると、それは僕も同じだ。
 将棋を再開したのは4月だが、それ以来指しているのはいずれも元々勝手知ったる連中ばかりだ。大会のように、慣れない会場、初対面の相手と指すのはそれこそ小学6年生以来だから3年ぶりくらいとなる。
 しかし、僕しか知らないことだが、ここにはそれを上回るもっとすごい部員がいたのだった。
 「美月、明日大丈夫だよな?」
 毎日が初体験の連続である美月だが、将棋大会のような特殊な環境に飛び込むのは未知の世界のはずだ。部員ではあるが、何も無理を圧して参加する必要はない。ただ、明日の心配を今日の美月がしているとは思えないが、僕は思わず聞かずにはいられなかった。
 「大丈夫。ちゃんとメモもしたから」はっきりと言い切って、携帯端末をカバンにしまっている。「私服じゃなくて、制服で。部屋が寒い可能性があるから暖かい格好で。集合は9時半、大会は10時開始、18時から〈まめしば〉で反省会」
 そっちかい。って、反省会の予定までちゃっかりと……。〈まめしば〉は僕たち将棋部員共通の楽しみである『美味しいコーヒー』が堪能できる個人経営の喫茶店だ。まさか、また僕におごらせるつもりじゃないだろうな。
 「ぉぉ、『まめしば(部長奢り)』の予定なら俺のスケジューラにも登録してぁるぜ」そういって、斎諏訪は目の前のノートパソコンを指でトントンと叩いている。
 愛用の珈琲店〈まめしば〉で大会後に反省会を開こうとは言った記憶はあるし、威勢良く『好成績が出たら俺が奢るよ』と宣言した記憶も悔しいかな確かにある。
 ……今夜、財布の中身をしっかりチェックしていかないとなぁ、僕は小さくため息をついた。

 日付が変わって、10月4日。放射冷却の影響か、天気はいいものの少し肌寒い朝だ。
 自宅からまず駅前に向かい、そこからバスに乗る。流れていく秋めいた風景を眺めながら、10分ほど揺られていると、クリーム色を基調とした質実剛健な建物が見えてきた。
 東部地区の文化センターだ。敷地内には大小合わせて5つものホールがあり、音楽コンサートや演劇といったイベントにも使われている。先日も、劇団〈温暖湿潤気候〉を招き、ミュージカル『光の詩』と『奇跡の夜』を催していた。
 その一つ、研修棟の中には会議や講座が催される研修室があり、長机やパイプ椅子が処狭しと並んでいる。将棋の大会はそういった場所で行われるのだ。
 僕はバスの間隔のせいで、9時10分には到着してしまっていた。しばらく待っていると、斎諏訪がやってきた。
 「金もったぃ無ぃから、チャリで来たぜ。っぅか、暑ぃな今日」斎諏訪は上着を脱ぐと、シャツの中に冷気を取り込んでいる。
 「いやいや、全然暑くないだろ! 見ろって世間様を」
 僕が指差した方向にちょうどよく、秋風が巻き上げた木の葉がやってきたが、どうも軽い運動した後の小太りには通じないようだ。
 「そぅぃゃ、〈ラフテイカー〉って知ってるか? 孤独に泣ぃてぃる子供のすぐ傍にすぅっと現われて、笑顔にさせてしまうすごぃヤツらしぃんだが、その正体ってのが――」
 そのとき、ぞろぞろと人の群れがセンターの方に歩いてくるのが見えた。次のバスが到着したのだろう。
 その一団の中に、3人目の部員、美月が混じっていた。
 彼女はブラウンのコートに、白いマフラーといういでたちにで登場したのだが。
 「何なの?」男子二人の視線がそろって足許に集中したのを受けて、不可解そうに彼女は言う。
 「その格好、絶対浮くぞ……?」
 「ぁぁ……、そぅだな」
 美月がしてきたのは脛を覆うように、だぶだぶとなった靴下――いわゆるルーズソックスというやつだ。
 「別に普通でしょ? 大矢高にも似たような格好の子、たくさんいるし」
 「いや、確かにそうなんだけど。今日は女子の層が違うというか……。だよな、斎諏訪?」
 「ぉ、ぉぅ」
 「っていうか、ストッキングという選択肢はなかったのか?」
 「あれ、足先の方が寒いでしょ。暖かいカッコしてこいって言ったの、誰?」
 僕たちは視線を交わして、諦めることとした。押し問答になるだけだし、今から着がえてこさせるわけにもいくまい。
 こうなったら、実際に理由を身をもって本人が確認させるよりなさそうだ。まぁ、しかし確認したところで狼狽をするような性格ではないと思うが……。
 
 *****
 
 部員も揃ったことだし、待ち合わせの9時30分より早いけれど中に入ろうか、としていたところ、はるか遠方より叫び声が聞こえた。残念ながら、非常に聞き覚えのある声だ。
 「くおらあー、待ちゃーがれー」
 走ってくる人物は、紺色の和服姿。世界一残念な顧問、泉西潮成の登場である。僕たちにやっと追いつき、はぁ、はぁと息を切らしている。
 さすがに、バス会社の人たちも空気を読んで運行休止という特別サービスはしてくれなかったようだ。というか、何故本人が試合をするわけでもないのに和服? いや、ここで突っこんだら負けなのだ。
 泉西先生は深呼吸で息を整えて、「顧ー問(こーもん)様を置いていく奴があるか!」開口一番そういった。
 「部員が全員揃ったんだから問題ないでしょう」
 「問題ない……だと?」
 僕は当然の理論を突きつけたつもりだったが、泉西先生は余裕げな表情を浮かべている。
 「くくく、笑わせてくれるぜ瀬田。実はな、この大会では出場申込書に顧問の押印が必要なんだ。さてさて、俺さまを置いていっていいのかな? ん?」
 ぐ、なんて面倒な仕組みなんだ。しかし、悔しいことにここで反発するのは賢明ではないことも明らかだ。
 「……分かりました。一緒に行きましょう」
 「うむうむ。瀬田、お前、将来出世するぞ」
 「そう願いたいもんですよ」

 4人してエスカレーターで3階に向かう。目的地は研修室のフロアだ。気づくと、両方の掌にじんわりと汗が浮かんできているようだ。しかし、前後をみればそこには顔見知りの部員や顧問がいる。一人で会場に乗り込むことと比べれば、それだけで随分と気持ちは楽なはずだ。仲間の大切さを感じる。
 すると、先頭に陣取っていた泉西先生ががばっと返り返る。どんなことを言い出すかと思えば、
 「あぁ~、すっげぇ緊張してきた」
 「泉西先生がしてどうするんですか」
 「あ? お前らが優勝しまくったら、顧問の俺さまに取材が殺到するのは必定だろうが」
 「甲子園の観すぎです。それに、優勝前提を語って微妙にプレッシャー掛けてこないでくださいよ」
 とはいえ、くだらなすぎるやり取りのせいで緊張が少しほぐれたのは確かだ。本人が意図してやっているのであれば優秀な顧問といえるのだろうが。
 さらに、エスカレーターの終わりに気づかず、際に草履の踵を引っ掛けて盛大によろめく。
 「うっ、わぁっ、っと……。アブネェアブネェ。……いいかお前ら! これは、最後まで油断禁物だと言う俺さまからのありがたい訓示と思えよ!」
 「はいはい」
 泉西先生は本当に優秀な教師です。分類としては反面教師ですけど……。心に浮かびかけた言葉を慌てて将棋の内容で塗り替えてごまかす。
 3階にたどり着くとすぐ脇に『東部地区高校生秋季将棋選手権大会会場→』の看板が立っていた。矢印の方向をみると、細長い机がいくつかと、そこに座る大人の姿が見えた。机の一つには、受付の文字も見える。
 受付の脇のところには、個人戦用と団体戦用の出場申込書が置かれており、これにそれぞれ記入を済ませてから受付をするらしい。
 個人戦出場申込書は各々が、団体戦出場申込書は泉西先生が記入をした。それらを僕がまとめて係員のところに提出することにした。
 「じゃあ、泉西大先生。押印をなにとぞよろしくおねがいいたしますっ」
 少しイヤミを込めて3枚の紙を手渡す。臥薪嘗胆極まりないが、印鑑さえもらってしまえばしばらく頭を下げる機会もないだろうと思い、ぐっとこらえた。
 泉西先生は平安時代の公家がごとくすまし顔で「ふむ」と紙を受け取ると、袂に手を入れる。そして、取り乱した。
 バタバタと和服や身体じゅうを触りまくったかと思うと、周囲の床を隅々まで見回したりしている。
 「え? あの、もしかしてなんですが……。印鑑、ないんすか?」
 「HAHAHA。君は不思議なことを言う少年だなぁ」
 「正直に言ってください! あと少しで受付終了ですよ!?」
 「……無ぇよ!」
 「なんで、逆ギレするんですか……」
 部員全員で泉西先生に厳しい尋問を行ったところ、どうやら昨日の夜に町内の回覧板に押印した際にテーブルに放置したままで忘れたのではないかという推理に至った。
 「斎諏訪、いつも十徳ナイフかなんか持ってなかったけか?」
 「ぁるが? ま、まさかつぃに刺すのか?」
 「気持ちはその域だが、さすがにそれはまずいだろ……。血判でもしてもらったらどうかと」
 「バ、バカヤロッ! 指が傷物になってお婿に行けなくなったらどうすんだよ!?」
 「元々お相手なんか見つかりそうにないじゃないすか」
 「こいつ……! それに、それに。そんなん、痛すぎだろう!」
 部員と顧問の激しい応酬、傍らで申込書を書こうとしている他校の生徒が顔を引きつらせている様子が眼に入った。とりあえず、この調子では血判は無理そうなので(元々、そんなので受付受理されるかも怪しいところだ)、なんとか印鑑を入手する方法を考えるべきだろう。
 「家まで往復でどのくらいかかるんすか?」
 「タクシーでもだいたい40分はかかる、と思う……」
 「通りの向こうにホームセンターなかったっけ? 印鑑どっかで買うとか……」
 「『泉西』なんて苗字の印鑑、そうそうねぇよ!」
 「だから逆ギレしないでくださいよ」
 試合前に、思わぬところに落とし穴があったものだ。団体戦は、今日申込で試合自体は明日だからそちらに注力するということもできるが……。個人戦が不戦敗で終わってしまう、そんな消化不良な展開は素直に受け入れられるはずもない。何か、何か手はないものか。
 と、そのとき、美月がふらっと受付の方に向かい、再び戻って来た。右手には、朱肉と消しゴムを持っている。そして、消しゴムを僕たちの方に突き出してきて、
 「これで、作ろうよ」
 作る……消しゴムで……?
 理解するのに一瞬時間を要してしまったが、なるほど、それはありかもしれない。顧問の印が必要といっても、役所に印鑑登録しているものが必要ということでもないだろう。
 美月は、椅子に腰掛けて消しゴムの未使用面を剥き出しにする。そして、傍らに立っていた斎諏訪に無言で左手を指し伸ばした。
 「な、なんだょ……」
 はじめは戸惑っていた斎諏訪も、それがナイフを催促しているのだと気づき、尻ポケットから取り出すと、刃を起こしてから手渡した。
 「さてと……」
 斎諏訪の十徳ナイフを受け取ると、美月はその真っ白な直方体にすぅっと刃を入れ始める。
 ん? 左利きだったっけ? と言いかけたセリフを慌てて飲み込む。聞いたところで、ちょうど左手で持ってたから、というような切り返しをされるだけなのだ。
 そして、下書きも何もなく、美月は1平方センチメートル程のスペースに丁寧に『泉西』の逆さ文字を削っていった。
 
 *****
 
 「じゃ、受付に行ってきますよ」
 「おう。印鑑に難癖つけられたら、『印鑑は現地で作成すべし、という泉西家代々の家訓に従ったまでだ!』と逆ギレしてこい」
 「逆ギレって……。というか、多分これ見抜かれないですよ」
 『泉西』の2文字は逆さにしてもそれほど変化はない。だが、それを差し引いても、美月の印鑑は良くできていた。インクの乗りを良くするため、表面に浅く切れ目も入れたらしい。なんだか、イカの調理みたいだが、おかげで4枚の紙にはしっかりとした押印がなされている。
 おかげで、僕は気楽な気持ちで受付に向かうことができた。
 「大矢高校です」
 「はい、少々お待ちください」
 係員は手際よく手続きを進めていたが、「おや?」と呟いて脇にいた別の係員と相談をしている。
 何か記入漏れがあったかな、まさか印鑑を見抜かれたとか……などと思っていると、一瞬耳を疑うような返事を聞くことになった。
 「えーとですね、申込書のフォーマットが古いままで申し訳ないのですが、今回から団体戦は男女別になってるんですね。それでですね、一応確認なんですが、この先鋒の『織賀美月』さんというのは男性ということでお間違いないですよね……?」
 男女別……?
 ん? 男は僕と斎諏訪だけだ。とすると、団体戦出られないんじゃ?
 「ちょっとすみません、記入ミスの可能性があるので、確認してきます」
 何かしら手があるかもしれない、そう思って、僕はとっさに即答せずに後方のソファで座っている皆の方に戻っていく。
 「おぉ、優勝の手続きは済んだか?」泉西先生は扇子をパタパタ仰ぎながらそんな軽口を飛ばしてくる。
 「えーと……ですね」
 かくかくしかじか。僕は事態を手短に説明する。斎諏訪は目を丸くしている。泉西先生も、一瞬ぽかんとしていたもののすぐに何かに気づいた様子で「俺に名案がある!」と言い放った。
 「織賀が女装した男子生徒だってことにしようぜ! さすがに体調べられたりはしな――、ギャーーース!」
 言葉が途切れたのは、美月の全力デコピンが泉西先生の後頭部に直撃したからだ。
 まぁ、理論的には全くありえないわけじゃない、ないけれど。
 僕は、美月の方をちらっと窺う。……やっぱり無理だ。『織賀美月』に関しては成立しないだろう。
 整った顔立ちと容姿。『なんで、僕の身近にこんな子がいるんだろう。いつか絶対に生命の危機が立て続けに起こりそうな塞翁が馬レベル』の女子高生に化けられる男はまず存在しないからだ。
 そして、美月自身がトドメの一言。「あたしが男だってことにしたら、〈女子の部〉の方出れないでしょ」
 「か、かくなるうえは……」
 後頭部をさすりながらよろよろと蘇生した泉西先生が和服の袂からすっと布袋を取り出す。
 「こんなこともあろうかと持ってきたこいつで」そして、布袋から取り出したのは金髪カツラとパーティ用鼻眼鏡だった。
 「俺さまがこいつで天才帰国子女センセ・イショナ・リーとして出場してやろうじゃねぇか!」
 場は沈黙する。他校の生徒の視線が集まっているのは気のせいじゃないだろう。もちろん、先ほどの係員二人も訝しそうにこちら側を凝視している。
 「……はい。面倒ですけどツッコミます。何ですかその鼻眼鏡は!? 怪しさ3割増じゃないすか。普段からですけど、とにかく泉西先生は目立ちすぎなんです! 今から変装してもバレバレでしょう? それに、将棋できないじゃないすか……」
 そう、和服マニアの隠れ蓑として将棋部を選んだだけで、泉西先生は将棋ができない。顧問なのに。顧問なのに。顧問なのに。
 床に手足を着き、大げさにうな垂れる顧問を尻目に僕は決断した。しかたない、団体戦は諦めよう、と。
 「こうなったら仕方ない、個人戦だけでなんとか好成績を目指そう」
 個人戦は約8校、50人ほどが参加する。そこで3位以内に入賞できれば十分実績をアピールするには足るはず。トラブルを引き摺らず、今はできることをやるだけだ。
 僕は、個人戦の用紙を持って受付に向かった。

 ****

 試合会場の中は騒がしいようで静かな、不思議な雰囲気に包まれていた。そう、試験が始まる直前に似ている。
 とはいえ、勝負が始まるまでは久し振りに会う顔馴染みとの交流モードだ。学校の集団に関係なく会話を交わしているようだ。
 「なんか、居場所無ぃょな」
 「……ぁぁ、想像以上だ」
 隣のパイプ椅子に腰掛けている斎諏訪も同じ感想だったようだ。
 それに二人とも、小学生以来の大会だ。小学生くらいだと、必ずといっていいほど親が付き添いで来てくれるので、待ち時間なども話し相手や居場所に困ることはなかった。
 今日集まった中には、そのときに戦ったことのある奴がいるかもしれないが、確信がもてるレベルの生徒はぱっと見て、いない。勝負をしているときも基本的には盤面しか見ていないし、かすかに覚えていたとしても顔つきも昔とは随分変わってしまっていることだろう。
 僕と斎諏訪も一応は日頃より顔を合わせる間柄ではあるが、淀みなく話が続くほど豊富な話題を持っているわけではない。他校はだいたい5人から10人くらいは部員がいるようで、話の種や話し相手には事欠かないようだ。結果として、僕たちは試合が始まるのをただひたすらに待つ状態が続いているのであった。
 ふと女子の部の方を伺うと、そこもある種の人の集まり、コミュニティというかコロニーが出来上がっていた。
 「今回も水田さんの優勝で決まりかなぁ?」
 「いや、勝負はやってみないと分からないよ? 板池さんも最近調子いいって聞いてるよ?」
 「えっ、わ、私はそんな……」
 際立って話している3人はどうやら大会常連のようだ。緊張感というものが既に存在していない。うち2人はなんとなく見覚えがある。小学生のとき、女子の部で出ていたような気がする。
 視線を少しずらすと、一人ぼっちでパイプ椅子に座り、頬杖をつきながら携帯端末をいじっている美月の姿が見えた。
 大矢高校から女子の部に出場するのは美月一人だけなので、僕たち以上に『蚊帳の外』状態になってしまうのはいたしかたないところではある。
 それよりも気になるのは、周囲の視線が徐々に、その美月に集まっていることだった。
 僕と斎諏訪が思ったとおり、美月の制服姿、特にルーズソックスは非常によく目立つ。会場の女子はほぼほぼ紺か白の膝下ソックスで、スカートも長めだ。野暮ったい――じゃなくて、模範的で真面目な女学生といった風情の人たちで占められている。
 加えて、あれだけ愛想がないのに、多くの男子にあの子かわいいよな、と思わせるあの容貌。
 まぁ……、一言で言うならば『場違い』だよな。例の女子3人も美月の存在に気づいたらしく、何やらひそひそと話をしている。
 
 ――なに? あの子、知ってる?
 ――罰ゲームで来させられてる……とか?
 ――まぁまぁ、『将棋』でさ。少し思い知らせてあげればいいじゃない? 場違いってことを。
 
 そんなベタな少女漫画のいじわる役みたいな会話をしているとは思えないが、僕の方からはそれに伍する内容を想像させる視線だったのだ。
 とりあえず女子の部は例年より熱い戦いとなることは間違いないだろう。
 
 あと数分で試合が一斉に始まる、という頃になって僕達は泉西先生に呼ばれて、集まった。
 「お前ら、長殖学園にだけは負けてくれるなよ!?」鼻息を荒くして、そうまくし立てた。
 私立長殖学園高等部。学力偏差値も、部活の力の入れ具合も僕たちの大矢高校とほぼ同じくらい。
 ただ、潤沢な資本がある分、設備も生徒数も大矢高校の1.5倍くらいの規模があるようだ。今回の大会にも、14人という大所帯で参戦している。
 陸上部も、野球部も、料理研究部も、地区大会などでは大矢高校の前には長殖学園が立ちふさがるらしい。まさにライバル校といって過言ではない。
 それにしても、泉西先生の気合いの入り方は異常だ。すると、その後ろから人影が現れた。
 「相変わらず、賑やかですねぇ。ミスター泉西?」
 声の主を見ると、なんというか、一言でいうと怪しい男が立っていた。
 髪はオールバックに撫で付けられ、真四角の金縁メガネに白いスーツ。大きなカフスボタンフラクタル柄のネクタイはまだ良いとして、胸ポケットから出ている臙脂色のスカーフには度肝を抜かれた。
 「現れたな、上から読んでも何とやらめっ」唸り声を上げながら扇子を構えて過剰に反応するが、それを意に介した様子は無い。もしかしたら、泉西先生との付き合いがそれなりに長いのかもしれない。
 「諸君、はじめまして。私が長殖学園高等部将棋部第11代顧問のイマイです」
 イマイと名乗った男は、なんと名刺を差し出してきた。そこには『今井ケネス』とある。もしかして、ハーフなのだろうか。確かに、このファッションセンスは周囲にはいない類のものだ。
 「諸君、敗退してもちゃんと表彰式まで残っていてくださいよ? ギャラリーが少ないとせっかくの表彰式が盛り上がりませんからねぇ」
 「うっせぇ、その言葉そっくりそのままコピペで返したるぜ。今年はな逸材ぞろいなんだよ。こいつなんかな、将棋だけじゃなくて、俺の肩を絶妙な力加減で揉むテク、購買部のバナナジュースを往復3分で買ってこれる脚力を持ってんだぜ!?」
 泉西先生が得意げに僕の方をビシッと指差す。あの、全然嬉しくないんですけど。
 「おい、そういえばタカサゴは元気なのか?」
 「タカサゴ? あぁ、彼なら奨励会を諦めて大学に進学したようですがね」
 「ヨウデスガネ? てめぇ、連絡は取ってないのかよ。在学中はあんなに熱心だったじゃねーかっ」
 「ふ、そんなこともありましたかね。第一、毎年毎年大勢の生徒を見なければいけない立場で、卒業した生徒なんて構っていられませんからね。製品メーカーじゃないんです。充実したアフターサービスより在校している生徒に全力の指導を与える、それがあるべき教師の姿ではありませんか?
  大矢高校のように、和服かぶれの国語教師や、年中二日酔いの養護教諭、音楽家くずれの数学教師に、日本語のおかしな英語教師などなど素敵な聖職者たちなら実現可能かもしれませんがね」
 「はっはっは、謙遜すんじゃねぇよ。場末のお笑い芸人もどきの世界史教師に虚弱体質の体育教師やげっ歯類マニアの生物教師を擁する長殖学園教師陣にはとても適わないZE!」
 それまで涼しい表情をしていた今井の表情が豹変する。『お笑い芸人もどき』といった辺りが禁句だったのかもしれない。
 バチバチと、二人の間に平賀源内の作ったエレキテルを超えるかと思われる放電現象を観測した、気がした。そして、そのまま睨み合いが続く。
 先に視線を外したのは今井だった。腰の辺りから金色の懐中時計を取り出すとわざとらしく咳払いをする。
 「まぁ、威勢がいいのも今のうち。大会の結果が確定した頃、またお会いしましょう」そういって長殖学園の生徒達の方へ立ち去っていった。

 *****

 大会は予選と本戦、大きく二段階に分かれている。まず、予選として全員でスイスドロー方式の予選が行われる。
 スイスドロー方式とは、次のようなものだ。
 まず、初戦はランダムな組合せで対決させる。
 次に、二回戦は初戦で勝った者同士、負けた者同士で対決させる。
 それ以降も全勝は全勝同士、2勝1敗は2勝1敗同士というように、成績の似た者同士が対決するように繰り返していく。
 そして、最終的に成績が良いものから順に本戦のトーナメントに出場することができるのだ。会場の人数とトーナメントの枠の数を見る限り、2勝2敗でも十分本戦に出られそうだが、油断は禁物だ。
 いよいよ初戦だ。小脇にあるチェスクロックの時間を15分に合わせる。チェスクロックは持ち時間を対戦者自身が管理できるようにするための道具で、アマチュアの大会では良く使われる。
 時間を表示するディスプレイが横に二つ並んでおり、それぞれのディスプレイの上には押しボタンがある。自分の手を指したら自分側のボタンを押すのだ。すると、自分側の時計はとまり、相手側の時計が動き出す仕組みだ。
 最近はデジタルのものが増えてきたが、以前はアナログ式のものが主流だった。
 自分側のボタンを押したら、自分側の時計が止まり、相手側の時計が動き出す――という動作自体は同じだが、ボタンが押されると相手のボタンが上がるというシーソーのような動きをしたり、針が一番上の12の数字付近に近づくにつれ針が小さな板を押し上げていき、時間が切れるとその板がぶらーんと垂れ落ちて、時間が切れたことを示すといったギミックが面白い。
 相手が振り駒をして、先手後手を決めることになった。〈歩〉が3枚出て、僕は後手に決まった。
 「それでは、初めてください」
 大会委員の号令に従って、随所で「お願いします」という声が上がる。僕はすぐにチェスクロックのボタンを押した。
 自然と気合いが漲ってきた。目の前の勝負にまず勝ちたい、という純粋な想いも勿論あるし、今回は将棋部の実績作りという集団としての目標もある。
 そしてもう一つ。先ほど加わった、『打倒・長殖学園』だ。
 泉西先生の発破に単純に呼応したわけではない。先ほど、今井が去って言った後、泉西先生が珍しく真面目な表情で事情を話したのだ。
 「お前たちの3つ上の世代にな、タカサゴって男子生徒がいたんだよ。そいつ、なかなか強ぇ奴でさ。ちょうど3年前のこの秋季大会でいきなり3位になったんだよ。1年でだぞ? 奴も俺さまも大喜びだった」
 初めて聞く話だった。あの部室で、将棋を指している先輩がいた。僕が入学した時点で、将棋部は存在していたのだから考えてみれば当然の話ではある。しかし、第二部降格騒動などで奮闘している日々の中で、すっかりそんなことを忘れかけていたようだ。
 「あいつは、無口で物静かな奴だった。だけど、表情が隠せないタイプらしくてな。瀬田の次くらいに考えてることだだ漏れしてる奴だったよ。
  口には出さなかったが、ずっとプロの将棋棋士になりたいって思い続けてたんだよ。プロってのはよ、狭き門なんだろ? もしなれなかったらそっから別の職を探さねぇとダメだ。大学くらい出とかないと就職も難しい世の中だ。でも、家があんまり裕福じゃない。大矢高校なら、家から近いから奨学金とアルバイトしながらでなんとか通えると思ったんだな。
  実際、平日朝と土日の時間はアルバイトに費やしていたようだがな……。と、そこに現れたのが今井だ」
 泉西先生は、来賓席に脚を組んで腰掛けている今井を一瞥する。
 「ヤローが『特待生としてウチに来れば授業料は免除しますよ』とか唆してきやがった。俺さまは躍起になって止めようとした。今井の手口を知ってたからな。でも、あいつは2年になる直前、転校しちまったよ。
  今井はな、くだらねぇ完璧主義者なんだ。大会では男子の部・女子の部共に1位から3位までを独占しないと気がすまない。大方、3位になったタカサゴが、後々優勝争いに絡んでくるのを恐れたんだろう。つまり、引き抜きってわけだ。
  だが、話はこれで終わりじゃない。あいつは完璧主義者だって言っただろ? ヤローは、『生え抜きにあらずんば生徒にあらず』という歪んだ信条を持ってるんだ。長殖学園に転校して以来、俺はタカサゴの姿を大会で見かけたことは一度も無い。あいつはよ、生殺しにされたんだ」
 僕は対局が始まってからも、泉西先生の話の内容を反芻し続けていた。
 タカサゴ先輩は3歳年上だから、もし転校がなかったのだとしても直接会うことはなかっただろう。しかし、それでも将棋部の先輩であることに変わりは無い。
 単純に泉西先生の視点からの言葉で煽られるのは問題かもしれない。それでも、優勝のためには『打倒・長殖学園』は必然だ。久々の大会参加ということもある。僕は、大会の雰囲気に呑まれないように、敢えて〈敵討ち〉のような気持ちを自分の中に取り込むことにしたのだ。
 ちょうど初戦の対戦相手は長殖学園の1年生だった。初戦はランダムとはいえ、1年生は1年生という風に当てているのかもしれない。これは僕にとっては好都合だ。
 目の前の彼が中学生も将棋部で大会慣れしていたとしても、高校生の大会というものは初めてのはずだ。ならば、『地の利』の差は少しは小さいことになる。
 そして、戦法は四間飛車を選択した。これは、小学生のときの僕の作戦の一つでもある。
 四間飛車は定跡化された手順が多く、序盤から細心の注意を払うケースが比較的少ない。だから、緊張しやすい僕が、緊張がほぐれるまでの時間稼ぎとしてはもってこいなのだ。
 しばらく指し手がすすみ、局面は次第に明らかになってきた。
 相手は居飛車で5七銀左戦法で急戦を仕掛けようとし、僕は四間飛車でそれを迎え撃とうという構えだ。
 相手が長考に入る。先手の駒組みは飽和状態だ。恐らく、戦いを仕掛けるかどうかの最終チェックをしているのだろう。
 少し間があいたので僕は周囲の様子に気を向ける余裕ができた。さすがに、小学生のときに比べて大会の規模も大きい。
 遠くで、早くも対局を終えているのが2組ほど見えた。力戦振り飛車のような超急戦の戦型だったのだろうか。
 いや、この速さはどちらかがうっかり大悪手を指してしまった可能性のほうが高いかもしれない。駒から手が離れた瞬間に〈指し手〉は確定される。(逆に言うと、手さえ離れていなければ駒を元に戻すことはできる)縁台将棋のような〈待った〉はもちろん公式戦では通用しない。
 タンッとボタンを叩く音を聞いて、僕は相手が手を指したことに気づいた。
 やはり、仕掛けてきたか。僕もちょうど、大会の雰囲気に馴染んできたところだ。迎え撃ってやろうじゃないか。
 ――ピシィッ
 僕は突きつけられた相手の歩を堂々と取り除くと、高らかに〈歩〉を前進させた。

 研修室に付けられたルームエアコンが特別手当てを要求してもおかしくないくらい、部屋の中には高校生の呼気と熱気が渦巻いている。
 「ありません……」搾り出すような声だ。
 目の前の相手のその声を聞き届け、僕はふうと息を吐き出す。心臓がまだ高鳴っている。これで3連勝だ。
 勝っている方が、何故か最後までドキドキする。将棋は大逆転の多いゲームで勝勢の側は最後まで油断できない。逆に、負けるときは案外早い段階である種の覚悟というか諦観に包まれるので、気持ちの整理をつけやすいということがあるのかもしれない。
 斎諏訪のほうもそこそこ順調なようで、2勝1敗。二人とも、本戦出場自体はまず確定といったところだ。残る一戦の結果で本戦トーナメントのシードなどが決まるとはいえ、ある程度の消化試合ムードは避けられない。
 それに、次にあたる相手は僕と同じく3戦全勝のはずだ。本戦で再度あたる可能性が高い。敢えて主力戦法を温存して、手の内はできるだけ晒さないという考え方もある。
 一方、女子の部の方は参加人数が12人程度、男子ほど多くない。そのため、予選は本戦トーナメントのシードを決める目的のために行われるようだ。
 対局の合間にちらっと見た感じだと、もう1戦目は終わっており、今は2戦目に入っているところのようだ。
 男子のスケジュールは過密で、本来は満足な休憩時間はない。しかし、早指しが得意な僕は3戦目を比較的短時間で終えていた。
 そのおかげで、女子の部の様子を観にいく余裕が生まれていた。
 壁に貼られている結果表を見ると、例の3人組は順当に勝利したようだ。名前を探すと、美月も無事初戦を勝利で飾っていた。
 対局場の方を伺うと、辺りにはちょっとした人だかりができていた。
 人と人の間、視線の先に美月の後ろ姿が見えた。背筋を伸ばし、高い位置で結わえられたポニーテールはまるで剣道少女のようだ。
 その対戦相手は、よりによって先ほど大会三連覇を噂されていた水田とかいう女子生徒のようだ。これは強敵である。
 果たして、作戦通り上手くやれているだろうか。
 僕は今回の大会に向けて、美月に作戦を提案していた。名付けて、『速攻攪乱作戦』だ。変なネーミングだが、作戦の要諦をきっちりと押さえている気はする。
 同じ人類とは思えないほどの高い処理能力を持つ美月は序盤から終盤に至るまで思考に安定感がある。特に、詰みに関しての認識は確実でコンピュータ将棋の正確性に通じるものがある。
 ただし、敢えて言うなら序盤がウィークポイントだった。
 何を作っているかを当てる映像クイズのように、序盤は無限大に近い変化の可能性を持っている。その段階から、あらゆる可能性を計算しようとすることはほぼ不可能だし、時間がいくらあっても足りない。
 通常、そこで登場するのが定跡だ。定跡とは、ある程度実績のある有力な手順のことで、滅茶苦茶に駒を動かすのと比較して効率的に攻めたり守ったりすることができる。表現を変えるなら、記述式の回答が選択式になるようなもので、アマチュアにとっても棋力向上には欠かせない。
 しかし、それを敢えて外す。それも序盤から。いきなり大混戦にするのだ。
 定跡から外れた大混戦は、『うっかり』から一気に勝負が決まってしまうことが多々ある。すると、一手一手を時間を掛けて考えることになる。これは思考の早い美月には大きなアドバンテージとなる。
 そして、大混戦は中盤をとばして、序盤から終盤に一気に推移することも少なくない。美月の強みである終盤にいきなり引きずり込んでしまえるのである。
 もう一つ、心理的仕掛けもある。
 美月は初出場、それもいかにも将棋なんてやりっこなさそうな見た目だ。定跡とは程遠い手を指したとしたら、きっとこう思うに違いない。
 ――はは。なんだ、定跡も知らない初心者か。
 それが精査を阻み、油断を生み出す可能性が大いにあると考えたのだ。
 もっと近づいて盤面も見てみたいが、そこで「大矢高校、瀬田くん」と係員の呼び出しがかかってしまった。予選の4戦目がこれから始まるのだ。
 相手が難敵だったとしても、美月ならきっと大丈夫。心にそう言い聞かせて、僕は踵を返した。
 手合票を受け取り、盤の前に腰掛けたとき。遠くで、小さなざわめきが聞こえた。あれは……美月たちが座ってたあたりだ。勝負が終わったようだ。
 優勝候補の水田が勝ったところで、ギャラリーが騒ぐはずがないだろう。
 ということは、どうやら僕の心配は全くの杞憂だったようだ。美月は2戦全勝という最高のすべり出しをしたのだった。
 
 いよいよ、僕の予選4試合目が始まる。やはり、3戦全勝の相手だった。スイスドロー式の対戦で3連勝する実力者なわけだ。一体、どんな相手なのだろう?
 手合票を見ると名前は『園手賀 篤貴』と書かれている。
 フリガナには『ソノテガ アツタカ』と書かれていたが、音の響きにも顔にも全く記憶に当てはまる人物はいなかった。
 駒を並べていく。すると、不思議なことに気づく。駒の並べ方が独特すぎるのだ。
 駒の並べ方は、大きく〈大橋流〉と〈伊藤流〉に分かれる。
 〈大橋流〉は、〈王〉をまず置き、一番下の列を〈金〉〈金〉〈銀〉〈銀〉と左右交互に並べていき、〈飛〉と〈角〉を並べたのち、最後に一番上の〈歩〉を左右交互に並べていく。順番が分かりやすいし、力強く打ち付けてずれないように整える動きが物理的に無駄なく行えるためか、非常に人気が高い。
 〈伊藤流〉は途中までは、〈大橋流〉と同じだが、〈飛〉〈角〉を並べる前に、一番上の〈歩〉を並べていく形式だ。
 しかし、目の前の相手は、それどころか〈歩〉から最初に並べ始めたのだ。そして、一番下も、一番端の〈香〉から順に並べていき、最後に〈飛〉〈角〉、〈王〉と並べ終えた。
 駒の並べ方は自由で、どう並べても自由だ。僕が気になったのはこの風変わりなこの並べ方。昔、どこかで……。僕は古い記憶を手繰り寄せる。
 そして、僕は思い出した。
 小学生のとき、大会で何度か相手になったことがあったはずだ。近くにいた知り合いの子いわく「『主役級は後から入るべき』なんだそうだよ」
 確かに、少し我が強くて風変わりな面はあったが、実力はそこそこあった気がする。基本形や手筋は確実に抑えており、大きく崩れたりはしない。コンスタントに勝ち星を挙げて、大会でも常にベスト8くらいにはなっていたはずだ。
 しかし、優勝争いをするような強さでもなかった。記憶に間違いがなければ、大会で10戦以上はしているが、一度も負けたことは無かったはずだ。
 極力客観的に分析すると、僕の指し手の特徴は昔から『相手が予想をしていないような鬼手を、直感的に思いつく』といえる。彼は恐らく、小さくポイントを稼いで最終的にその累積でもって勝つというスタイルであり、相性のようなものが僕に有利だったのかもしれない。
 ふと見ると、園手賀が僕の手合票をじっと見ている。その後、僅かに目が合った。果たして、園手賀は僕のことを覚えているのだろうか。
 3年間のブランクを経て戻ってきたわけだが、それを尋ねられた場合反応や回答に困る。しかし、昔持っていた苦手意識のようなものを喚起できるなら勝負の上では有利に働きそうでもある。どちらだったとしても一長一短があるわけだが……。
 しかし、先後も決まり準備も全て整うと園手賀のほうから「はじめましょうか」と言ってきた。その表情を見ても、過去の云々について意識している風はない。
 これ以上詮索してもキリがないので。一旦思考を休止することにする。僕は「そうですね」と応じた。チェスクロックが押され、戦いは静かにはじまった。
 
 戦形は〈横歩取り〉となった。〈横歩取り〉とは古くからある相居飛車の戦法の一つだ。激しい急戦になる可能性が高い。しかも、日々研究が進んでおり、付け焼刃の知識では逆に足許をすくわれてしまうこともありうる。
 序盤から神経を使う将棋となってしまった。時間を気にしつつ、クールダウンするためにペットボトルの緑茶を一口呷る。
 相手の手番だが、少し思考モードに入ったようだ。僕の方に少し余裕が生まれたので、相手の容姿を改めて観察することができる。
 髪は緩やかな癖毛だ。左右の長さが違うのか、洒落っ気で分け目をいじっているのか、左目に前髪が少しかかっている。
 姿勢は、背中を反らして、あごに手をあてた状態だ。まるで、参謀が作戦を練っているようだ。プロでも熱中すると前かがみになりがちな将棋指しとしては珍しいタイプな気がする。そして、例の少年も当時からそんなスタイルで対局していた。
 間違いない、僕は彼――園手賀篤貴を知っている。
 そう思うと、気持ちが少しリラックスしてきた。無敗というジンクスが僕の頭に広がっていく。ギャンブルやテストと同じく、将棋もリラックスしている方が結果を出しやすい。
 僕がもう一度口を湿らせようかとペットボトルに手を伸ばしたそのときだった。
 ――パチッ
 園手賀が指した。
 だが、その手の意味はすぐには理解できないものだった。〈飛〉を一段下に引いただけの、まるで一手パスのような手なのだ。
 盤面を広く見回し、数秒考えてみたが、全く分からない。そのとき、たまたま持ち時間が1分減ったことを示す小さな電子音がピッとなって僕は肝を冷やす。時間切れで敗退したときのことを思い出したのだ。
 持ち時間自体はまだまだ8分もあるが、相手の意図が分からない状態で手拍子で指すのは経験上危険だ。一体、何を狙っているんだ……?
 将棋はパスができないので、自陣が最善形の場合に相手に攻めてもらうためにパスのような手を指すテクニックも確かにあることはある。しかし、持久戦ならまだしも、この急戦の局面ではその可能性は薄い。
 こんなとき、自分が泉西先生だったら相手の頭の中身が分かるのに……。そんな、叶わない空想にとらわれてしまう。
 時間もこれ以上は消費できない。僕は思い切って攻めることにした。

 *****

 盤上の駒は散り散りに乱れ、終局間近と言う状態となっている。残り時間も互いになくなり、一手30秒の状態がもう十数手続いている。
 結局、あの局面で攻めに行ったのがあだとなり、拮抗していた形勢がそこから徐々に不利になっていってしまった。
 将棋は逆転の多いゲーム。こういうときは、差が広がらないように気をつけつつ、相手のミスを待つべし。しかし、なかなか逆転につなげられそうな機会は現れない。
 相手は、着実にポイントを累積していくスタイルだから、相手の勝ちパターンに既に入りかけている印象だ。
 と、そのとき、ある手が頭に浮かぶ。それは、ゆっくりとマサカリを振り被り、必殺の一撃を繰り出そうとような一か八かの手だ。
 ただし、一撃を恐れずこれまでどおり攻め続けられたら、その機会は訪れず僕の負けは確実となる。しかし、少しでも攻めを鈍らせればたちまち混沌として逆転の礎は生まれる。
 ――ピシッ
 僕の手を見て、優位にある園手賀は手を止めた。眉を寄せて、あごに手を当てている。
 僕は内心で一息つく。対戦しているのは感情や性格を持ったニンゲンなのだ。大胆な人間、慎重な人間。様々な将棋指しがいる。そして、僕の記憶が正しければ、園手賀は石橋を叩いて渡る性格だったはずだ。
 必ず一旦受けの手を指してくるはず。盤上を混沌の海として、ここから反撃だと気合を入れなおそうとした僕は、眼を疑った。
 園手賀は駒台に手を伸ばすと〈銀〉を一つ摘まんで僕の陣の方に打ち下ろした。それは、弱気でも慎重でもなく、一直線に攻め合うことを意味する手だった。
 
 元々、攻め合いに持ち込まれた時点で敗勢になっていくことは覚悟していたが、あの園手賀が僕の知る園手賀でなくなっていたことに強い衝撃を受けて、思考が乱れに乱れていた。
 その後、僕は数十手ほど進めたが、勝負手が悉く空を切り、勝ち目はなくなってしまっていた。
 それならば、あんな賭けのような手で踏み込まず、もう少し気長に機会をうかがっていれば方がよかったか。目の前の盤面を考えず、そんな後悔ばかり頭の中を堂々巡りするようになってきてしまった。
 そして、「負け……ました」と駒台に手を添えて、僕は搾り出すように言った。
 僕が密かに心に描いていた『久々の大会でいきなり全戦全勝優勝』というひそかな野望は潰えたのだった。
 
 *****
 
 激しい戦いが終わった反動か、頭の中がまだぼうっとしている。いや、これは軽い放心状態かもしれない。
 しかしとにかく、予選の4戦が終わり、午後1時までは昼食休憩だ。予選は問題なく通過できているのだ。気持ちを切り替えていかなければ。
 昼食は、大会運営のほうから仕出し弁当と缶入り緑茶が支給されたので、それをみんなと別室で食べることにした。
 緑茶をビールのようにぐいぐいと飲み、一息つくと、泉西先生は缶を握りつぶさんばかりの力をこめつつ語り始める。
 「っかー。〈野郎の部〉の全勝は長殖学園の奴らが独占か。しかし、本戦はこれからだしな。せいぜい今のうちにぬか喜びしてるがいい」
 おそらく、休憩直前に今井に自慢話を聞かされたのだろう。というか、何気に〈野郎の部〉って随分な言いようだ。
 「まぁ、こちらには天才少女がいるがな!」
 「……箸で指さないでよ」
 美月は優勝候補の水田からも大金星をあげ、2戦全勝という文句なしの成績で予選を終えている。堂々のシード決定だ。
 これで実力は申し分ないことは確認できたが、あの常連3人も黙ってはいないだろう。先程は油断があったり、予選だから多少手を抜いていたという可能性もある。大会で好成績を修める者は、メンタルのコントロールも上手いものだ。午後の本戦は実力をはっきりと認めた上で勝負を挑んでくることだろう。
 「あのぅ……」
 突如、団欒している僕たちの輪の中に、蚊の羽音がエコーしたような、か細いビブラートの声が投げ掛けられた。それまで気配もなかっただけに、僕は驚いた。
 声のしたような気がする方向に顔を向けると、いまどき珍しい真ん丸メガネを掛けた女性がおどおどとして立っていた。長い髪を三つ編みにして前に垂らしている。歳は20歳前後くらいだろうか。
 「なんですか?」
 「ひぃっ!」
 僕の返事を聞くなり、女性は小さく悲鳴をあげて飛び退いた。まるで、猫のような俊敏な動きだ。というか、丁寧に応対したつもりだし、そちらから話しかけてきたんじゃないか、失礼な……。
 女性は手にしたボードの陰からこちらを伺っている。
 「あのぅ……。その……」
 一体何者なのだろう。大会関係者か、斎諏訪や美月の知り合いか、まさか他校のスパイか?
 すると、泉西先生がおもむろに立ち上がり女性をビシッと指差す。
 「そこの女! 『社会面の取材行けって言われて会社を出たものの、極度のあがり症の私がまともに取材できるはずないじゃない。人気の無さそうな、コーヒー屋さんで休憩していたらちょうど地元の大矢高校が将棋大会に出ているっていうから来たものの……。高校生の将棋大会ってこんなに人がいるものなの? あぁ、もう倒れそう。大矢高生自体は部員が少なそうだから思い切って話しかけてみたけど、そもそも将棋のルールなんて全然知らないし、なんて話題を進めたらいいのか分からない! というか、この顧問っぽい人、なんで私の心の中をずばずば言い当ててくるの? 怖い……というか気持ち悪……』……ってなんだとうっ」
 「ひっ!」
 「取材?」
 「ぁ、確かにカードがぁるな」
 斎諏訪が指差した先、女性の腹のあたりにネックストラップに付いたカードがぶら下がっていた。そこには、地域では知名度の高い地方新聞社の名称が記載されていた。名前は『加納瑛子(カノウエイコ)』とある。
 新聞の取材、か。これは願ってもない幸運じゃないか。部の活動を学内外に広くアピールするのに大いに役立ちそうだ。しかし、肝心の記者がこれでは問題だ。話のしようがない。この調子ではきっと、これまでもまともな取材などできなかったのだろう。ここは、僕たちから歩み寄るしかない。
 「えーと、加納さん?」
 「ひゃあ」
 「ボイスレコーダーか何か持ってません?」
 僕の言葉を聞いて、加納さんが手提げ鞄の中をガサゴソと漁り始め、やがて銀色の細長い物体を僕の方に差し出してきた。さすがに記者だけあって、装備だけはしっかりしているようだ。依然としてボードを盾のようにしており、表情は伺えない。
 「僕が使うわけじゃなくて。質問とかに答えますから、一旦録音して後で一人で文章に起こしたらどうです? 質問は、この人が聞けますから、質問するときだけ一瞬ボードから顔を出してください」
 「えっ、えっ? どういう……」
 「なんだよなんだよ、俺さまにタダ働きさせるつもりかよっ」
 「こんなときくらい、1ミリくらい役立ってくださいよ」
 その後、掛け合い漫才のようなやりとりを経つつも、数秒後、なんとか取材と思しき会話のキャッチボールは成立しはじめた。
 そして、数分後には部員の紹介や斎諏訪の作ったソフトウェアの紹介など、伝えたいことを全て話しきることができた。
 「あの……、どうもありがとうございました」ボイスレコーダーのスイッチをオフにしながら、加納さんはお礼を述べる。ただし、相変らずボードの陰からだが。
 「いいか! ちゃんと、偉大なる天才国語教師・泉西潮成の武功を天下に知らしめるような文章を書き遂げるんだぞ。それがお前がこの世に生まれてきた意味と知れ!」
 「ひいっ」
 「大きな声出したら怖がらせちゃうでしょう。武功たって、変装してポケットティッシュを往復して3個もらうとか意味不明ですよ……。そもそも、アピールするのは部活動の方でしょ」
 泉西先生をうまく宥めつつ、大矢高校将棋部を今回の記事の中に含めてくれることを承諾してもらうことができた。
 元々、数年ぶりに1年生部員たった3人だけでの参加、最終結果はまだ未確定ながら3人とも予選を突破しているという健闘ぶりは話題性としても問題ないとの判断だろう。
 「じゃあ……、私は一旦ここで……」
 加納さんはじりじりと後ずさりをしながら部屋を出て行こうとする。しかし、その先にあるのは非常階段だ。
 「あれ? 最後まで見ていかないんすか?」
 「いえ……。このフロア、どこもかしこも人だらけだから……。そこの踊り場は人気がなくてちょうどいいの」
 「……」
 人と接するには人に接しない休憩時間が必要――これではまるで、ウミガメの息継ぎだ。
 ちらと他のメンバーを見回す。泉西先生、美月、斎諏訪。皆、一癖も二癖もある連中だ。
 きっと日頃思っているであろうことだけど、改めて感じたことは、僕はなんて普通なんだろうということだった。
 
 *****
 
 いよいよ、午後の本戦がはじまった。ただし、美月はシードなので対戦はない。熱気を帯びた部屋にいるのは疲れるので、少し気晴らしをしてくると言い残して外に出ていってしまった。
 休憩を挟んだことで、脳の栄養補給や気持ちの切り替えは万全だ。昔、将棋道場に行っていたときに『調子のいいときは飯を食っちゃダメだ。逆に、調子の悪いときは飯を食って流れを変えるもんだ』と常連のおじさんから言われたことを不意に思い出した。そのおじさんは特に将棋が強いわけでもなく、ご飯ばかり食べている満腹おじさんと呼ばれていたのはご愛嬌だ。
 さて、ここからは一戦も油断できない。うっかりミスをしないように落ち着いていこう。
 戦形は双方が矢倉囲いに組む、相矢倉となった。矢倉も歴史のある形だ。駒の性質をよく活かしており、多くのプロ棋士も好んで使っている。
 ちなみに、将棋の戦法や囲いには著作権はない。だから、たとえ長年の研究や深い思考の末にたどり着いた戦法だったとしても、誰でもすぐに真似をすることができる。
 もちろん、第一人者として書籍を出して間接的に収入につながることもあるが、せめてプロ同士の対局の場合は著作権が発生しても面白いのではないかと個人的には思う。
 特に最近ではインターネットなどを通じて、情報は瞬間的に広がってしまう。そして、すぐにその対策も編み出されてしまう。
 野球のピッチングフォームやバッティングフォームなどだって同じ事情といえるかもしれないが、将棋を指す者としては少し寂しいものを感じることがある。
 著作権で思い出したが、大矢高校学校祭でも先日ちょっとした盗作騒動があった。
 毎年、学校祭のポスターは匿名で全生徒が投票して決められる。今年は7作品のノミネートがあったのだが、そのうちの2つが非常に似た構図だった。
 学校祭のテーマは『飛翔』。だから、5つの作品が天使やドラゴンや鳥や風船……と種類は違えど優雅に空を飛んでいる構図の絵だったことには誰も違和感を抱かなかった。
 そんな中、残りの2つが『まさに今飛び立とうとする直前の鳥』つまり『まだ飛んでいない鳥』だったのが、『飛翔』というテーマから考えても非常に目立ったのだ。唯一異なっていたのは、それぞれの鳥が向かっていた対象物のみ。片や、〈月〉。片や、〈星空〉だった。
 鳥の位置やポーズなど、構図がことごとく似ており、色使いや繊細さまでも似ていることからまず浮かんできたのは重複ノミネート疑惑だ。しかし、生徒会が公式に『製作者は別人である』声明を出したことから、自体は盗作疑惑に発展していった。
 
 どちらが模倣したのか、様々な噂や憶測も飛び交った。本来であれば、7つの作品から1つを選ぶのがあるべき姿だが、そんな中で、投票は行われたものだから〈月〉と〈星空〉のどちらに投票するかという雰囲気が校内には蔓延していった。
 結果として、得票数一位でポスターに選ばれたのは、〈月〉の方だった。二位は〈星空〉でその差はわずか4票というものだった。
 すると、僅差にもかかわらず、生徒の大勢は〈星空〉の方が〈月〉の方をパクった、〈星空〉の作者よ恥を知れ、という意見が共通認識となって広がっていった。
 当時の僕はというと、〈星空〉の作者に妙に肩入れをしたい気持ちになっていた。もし別の年だったなら、当選されていてもおかしくない発想や出来栄えだったのだ、運が悪かったとしか言いようがないと思ったのだ。ポスター化されないのはもったいないと、高画質モードで撮影して携帯端末に保存しておいたほどだ。
 結果は大事だ。だけど、そこに至る過程や軌跡も大事だし、もっと評価の対象となるべきなのではないだろうか?
 そのときの気持ちを思い出して、つい駒を打ちつける手にも少し力が入ってしまっていた。
 やや攻めが細いかと心配したが、端攻めをいいタイミングで絡めたのが功を奏し、敵方の矢倉は少しずつ崩壊を始めている。自陣はまだ手付かずだから、このまま押し切れるだろう。
 その見立て通り、数分後相手は投了、僕は本戦トーナメント1回戦を突破した。
 
 簡単に感想戦をしてから、係員のもとに向かう。トーナメント表を見ると、斎諏訪もどうやら1回戦を突破できたようだ。赤い線が上の方へ延びている。
 部屋の中を探すと、斎諏訪が小さく手を挙げているのが見えたので、そちらに向かう。
 「順当に勝ったよぅだな」
 「まあ、な」
 こういった大会では基本的に勝者が係員のもとに結果を報告に行く。その姿をここから見られていたのかもしれない。
 「そぅそぅ、これ見てみろょ」斎諏訪が携帯端末を手渡してくる。
 画面には、ドキュメント編集アプリケーションが立ち上がっており、表がいくつか作成されていた。
 「ここ数年のここぃらの中学・高校生大会の結果をまとめてみたぜ」
 改めて表に眼を落として、息を呑んだ。
 ずらりとならぶ名前は、今日の予選でも好成績を修めている者たちばかりでほとんどが占められていた。いずれも長殖学園の部員達だ。
 女子の独占状態は特に顕著で、例の常連女子3人組が常に3位までの名前を埋めているではないか。
 「どぅも〈御三家〉と呼ばれてぃるらしぃぜ」
 そんなことをしていると、美月が部屋に戻ってくるのが見えた。手には、缶コーヒーが握られている。美月は僕らに気づき、向かってきた。
 「ぉぃ、織賀も見てみろょ、この面々」
 斎諏訪が差し出した携帯端末を受け取り、ちらりと眺める美月。しかし、すぐにそれを返してくる。
 「過去なんて、今日のあたしには関係ないから」そういって、プルタブを起こして飲み始め、興味の矛先を缶コーヒーの方に移してしまっている。
 美月の事情を知らない斎諏訪はそれを表現の一種ととらえ、ひゅうと小さな口笛を鳴らした。
 しかし、僕はその言葉の延長線を解釈してしまい少し複雑な心境になる。今の言葉を言い換えれば、こうだ。
 「今日なんて、明日のあたしには関係ないから」
 
 しばらくして3人とも対局の時間となったのでそれぞれの戦場へと散っていった。
 盤面は相振り飛車の中盤になっている。僕の囲いは二枚金というやや古風な構えだ。悪形である壁銀を自ら作ることになり発展性に乏しいものの、上部に手厚い特徴がある。上部から攻められることのが多い相振り飛車ならではの構えといえる。相手は穴熊だ。二枚金の方が手早く囲いが完成するため、僕が積極的に穴熊を攻略していく局面となっている。
 順調に指し続けてつつも、頭に浮かんでくるのは他のメンバーのことばかりだった。
 斎諏訪は善戦しているだろうか。相手は予選全勝の強敵、園手賀だ。久々の大会での緊張、頭の体力のペース配分など不安要素は多い。斎諏訪は気分屋だ。もし、手痛い敗戦をして部活をやめると言い出したら……。この大会に出場したこと自体が裏目だったことになってしまう。
 美月は善戦しているだろうか。予選で一度当たって勝利を収めており実力も御三家には及ばない相手ではあるものの、どんなハプニングが起こるかわからない。例えば、連戦の疲れで意識が一瞬飛んでしまったら……。もちろん、勝負どころではないし、気づいたら、部屋の中には大勢の人、目の前には謎の木製品だ。どういう反応を示すかも想像できない。
 泉西先生は来賓席で大人しくしているだろうか。他の来賓に迷惑をかけてはいないか。……いや、もうこの人のことは考えてもキリがないので放っておこう。
 穴熊には端攻め、セオリーどおり仕掛けていく。こちらは〈香〉〈桂〉〈角〉〈飛〉の4枚の攻めだ。俗に〈4枚の攻めは切れない〉と言われる。相手はそれを意識したのか、攻め合いを選んできた。
 先程から盤外のことばかり考えているが、とりわけ美月については別の想いも浮かんでいた。夏に『記憶リセット状態の告白』を受け、進んで協力を申し出ていながら、なんら解決に向けて進展できてないということだ。
 現実的に考えるなら、なにかしらの検査や医療処置を受ける方法が一番の王道だろう。しかし、美月自身はその方法を取ろうという姿勢を見せていない。一般の医療機関で手に負えるものではないと確信しているのか、あるいは問題の解決よりも、ことが公になったときの面倒さを警戒しているのではないかと推測している。
 最低限の秘密を維持したままハイレベルな医療を受けようするのはかなり難しいと思われる。ただ、天才的な名医については一人だけ心当たりがあった。この夏、子牛島で出会った円孔雀医師だ。言動こそ不気味で怪しいものの、世界中のVIPからの信頼も厚く、外科でも内科でも何でもこなせる腕前だという。
 しかし、その天才医師に診てもらうには一体どれほどの資金が必要なのだろう。僕には想像もつかない。そのとき、ふと同じときに出会ったもう一人の有名人のことを思い出した。
 棋界を代表する天才棋士、冷谷山三冠だ。タイトル戦を勝ち続け、獲得賞金額が早くも歴代3位に及んでいると聞いている。
 「あ……」
 思わず、口から言葉が漏れていた。相手が怪訝そうにこちらを見る。僕が悪手を指してそれに気づいてしまったと思ったのか、しきりに盤上を見回している。しかし、僕が思い至ったのはそういうことではなかった。
 確か、プロのタイトル戦のいくつかはアマチュアにも開放されていたはずだ。もちろんトッププロとは違い、予選からの出場で何勝も勝ち上がっていかないといけないし、その予選自体も何らかのアマチュア大会で優勝するなどの実績を修めていないと出場不可能だ。
 だけど、何のとりえも才能もない僕が、プロスポーツ選手や起業して若社長になることに比べたら、可能性としては僅かに高いのではないかと思えた。
 他人にこんなこと話したら、きっと笑われるに違いない。それでも、美月のためにできることが他に思い浮かばないのだから、とりあえずそれに真っ直ぐ向かうことは決して無意味ではないと思うのだ。
 相手が着手し終えたのを見て、僕は7七にいた桂馬を摘みあげる。
 今日からは電撃殺虫器に突っこんでいく虫たちのことを笑えないな、そんなことを考えながら8五の地点に力強く打ち付けた。
 
 結果から言うと、僕はその後無難に優勢を拡大して勝利できた。しかし、斎諏訪は奮闘空しく完敗だったようだ。
 「ぁぃつ、相当強ぃぜ……」
 斎諏訪はそういって、唇を噛み締めている。しかし、そう呟いたときの眼は死んでいなかった。今回は負けたが、次はきっと勝ってやるという眼だ。この眼をしているものはまだまだ強くなる。
 美月は本戦の初戦も無事勝ち上がったようで、トーナメント表の赤い線が先へと伸びている。そして、今は既に準決勝の戦いの準備を始めているようだ。その相手は、御三家の一人である大木夏海だ。
 大木は高校1年頃までは大会で優勝をするのが当然というほどの常勝女帝だったが、ここ最近は水田にことごとく優勝を奪われて準優勝が続いている。同じ長殖高校ということもあり、個人戦での意気込みは相当なものがあるはずだ。
 「……じゃあ、ぉれは、織賀の戦ぃを見届けてくる」そういうと斎諏訪は野次馬の群れの中に小太りの身体を溶け込ませていく。あれはなかなかすごいスキルだな……。
 幸か不幸か、僕には戦いの続きがある。本当は、斎諏訪と同じく美月の戦いが気になってしょうがない。といっても、フィクションのスポーツの世界ならいざ知らず、背後に立つことで棋力を上げる効果が与えられる訳でもない。今は、自分の戦いに集中するべきときだ。
 それに呼応したかのように、自分の名前を呼ぶ声があがった。そして、難敵の名前を呼ぶ声も。
 
 本戦の3回戦。別の言い方をするならば、準決勝。あと2回勝てば優勝というところまで来た。
 そして、いよいよリベンジのときだ。今は相当な実力者になったようだが、かつて相性の良かった相手に一日に二度も負けるわけには行かない。
 序盤は無難な展開になった。元々、慎重派の園手賀も緩やかな進みは望むところのようで、定跡をなぞるような手が続いた。
 と、そこで僕は少しその流れを外した。園手賀の表情に少し戸惑いが浮かんだのが分かる。
 戦法や定跡にも流行り廃りがある。研究速度の早い昨今では、それほど日進月歩だ。プロでさえ、流行を過ぎた定跡は覚えておらず局面が現れて苦慮することがあると聞いたことがある。
 今指したのは、ちょうど僕が将棋を一時やめる前くらいに廃れ始めていた定跡だ。3年のブランクがある僕にとってはちょっと前だが、その間ずっと将棋を続けていた園手賀にとっては随分と昔の忘れかけた定跡の可能性がある。
 ただし、諸刃の選択でもあった。僕がやめていたその間に、明確な定跡が確立してしまっているのなら、相手は深く考える必要もなく有利な展開に持ち込めるのだから。しかし、園手賀の浮かべた戸惑いを見て、心配無用を感じた。
 将棋指し――だけでなく全ての人間にも言えそうだが――には、大きく2タイプいる。
 表情が豊かな者と、そうでないもの、だ。
 勝負事では一般的にポーカーフェイスの方が有利という風潮があるが、必ずしもそうでない場合もある。
 例えば、圧倒的敗勢でこれはもうダメだという局面で、とりあえずそろそろ形作りだけでもするかと力なく駒を動かす。小さくため息の一つもつきながら。
 しかしその弱々しい一手は、相手を油断させて一発逆転となりうる一手だったりするのである。表情や仕草が見えてしまう、人対人ならではの盤外戦術である。
 こうして考えると、人の表情や仕草と言うのはとても大きな情報源である。
 そこまで考えて、僕は美月のことを連想する。
 これまで、美月が表情を極力変えずに淡々として振舞っているのは、周囲のニンゲンに『必要以上の情報を渡さないため』の生存戦略ではないかと思えてきたのだ。
 きっと、本当はもっと自由に笑ったり怒ったりしたいんじゃないだろうか。その方が自然だし、楽だろう。僕だって、嬉しいと思う。
 盤上は中盤に差し掛かっている。序盤でポイントをあげたと思っていたが、ここにきて五分五分の形勢になっているような気がした。どこかで疑問手を指していたかと思い返すが、心当たりはない。
 いや、指してしまったものを今考えていても仕方ない。改めて、ポイントを稼がないと。遊んでいた桂馬を活用すべく、僕は角行を展開した。園手賀はそれを見越したかのように先んじて〈銀〉を繰り出してくる。
 双方の持ち時間も同様に減ってきている。ここが正念場だ。今持てる力を全て発揮するんだ。熱くなってきた頭を一旦冷やすべく、飲み物を一口含み、一つ深呼吸して脳内に新鮮な酸素を取り込む。
 
 ――ここで一気に攻める!
 
 僕は〈歩〉を突き出し、溜めに溜めていた攻め駒達に喝を入れる。数手の応酬がはじまる。
 さすがは難敵、対応が的確だ。すぐには囲いを破れそうにない。しかし、仕掛けはこちらの方が一手早い。5筋は今は〈飛〉〈角〉〈銀〉〈桂〉が集中しているため、攻めが切れないように5筋に戦線を拡大する。これなら、同歩と取っても、〈銀〉の方を取られても5筋から敵陣になだれ込める。自陣はまだ磐石。これは決まったか。
 そう気持ちが一瞬緩んだ瞬間だった。
 ――ピシッ
 放たれた手は同歩でも〈銀〉取りでもなく、攻め合いの一手。まさかの手抜きだ。それならば、こちらも攻め続けるのみ……と思い、そこで気づいた。
 なんと不思議な局面だろう。自分の攻めは確かに理想的だった。しかし、進めた駒はそれぞれ伸びきっており、相手が応じてくれないとそれ以上の手がないのだ。まるで、猫が小さな穴の中に隠れているねずみを捕えようとするようなもので、穴から出てくれないとどうしようもない。手を入れれば、逆に穴の脇から齧られてしまうことになる。
 思わぬ好手に動揺しないよう、一旦僕の方が受けに回ることにした。機はいずれ巡ってくる。それまでの辛抱だ。
 しかし、細いと思われていた攻めは、程よいタイミングでの突き捨てや端攻めと絡まって、次第に激しさを増してきた。北風と太陽じゃないが、受ければ受けるほど攻めが強くなってくるようだ。
 そして、ついに僕は組み上げた美濃囲いを放棄して、脱出を図る。しかし、まだ勝負が決したわけではない。囲いは犠牲になったものの、そこで入手した敵の駒もある。反撃の機会を伺うのだ。
 やがて、やっと手番が回ってきたところで、僕は構想を描いていた勝負手を放つ。不利な局面の場合は、とにかく複雑に混沌とさせるのがセオリーだ。逆転の種はそこに潜んでいる。運がよければ、逆転。僅かにでも効果があがれば、一手違いくらいまで持っていけるかもしれない。
 園手賀が〈金〉を掴む。僕はそれを見て、〈王〉を逃げるための予備動作を取ろうとする。
 「……っ!」
 しかし、その途中で僕は固まった。指された手は、自陣を万全にするための補強の〈金〉打ちだった。こうされると、僕の方からはもう有効な手がない。
 これは、俗に言う〈受け潰し〉というものだ。勝ちに行く手というよりは、相手にギブアップさせるための手で、求道的なプロやトップアマにはあまり好まれない。そこで、思い出す。対戦相手は、石橋を叩いて渡る、園手賀篤貴であることを。
 チェスクロックが、僕の胸中を知らず機械的にピッと小さな音を立てた。しかし、心中は既に固まっていた。
 これまでか……。そう思うと、身体のほてりが徐々に醒めていくのを感じた。聞こえなかった周りのざわつきやそこかしこの駒音も妙にしっかりと耳に入ってくる。
 「……ました」かすれた、小さな声で負けを告げる。気づけば、喉がからからだった。ペットボトルに手を伸ばす。
 目立った悪手も指した記憶が無いし、今もっている力は全て出せたつもりだ。相手がそれを上回る手を指したということだろう。
 勝者である園手賀が立ち上がり、一言だけ話して大会委員のいる机の方に向かていった。
 僕はすぐに立ち上がれなかった。頭の中に、言われた台詞がぐるぐると渦巻いていた。

 ――三年ぶりに、何しに来たの?
 
 *****
 
 園手賀は僕のことを知っていた。過去の相性も知ったうえで戦って、勝ちを2度も拾っていった。そのことに僕はただの2敗したということ以上の痛みを感じていた。
 彼の言葉に、肚に沸上がるものがあったことは否定しない。ただ、それはきっとお門違いなのだ。
 彼は、この三年間、雑念に唆されることなく自分を磨き続けていたのだ。その土俵において、僕は何も申し開きはできない。
 先程、僕が投了をしていたころ、美月は御三家の一人、大木夏海を見事に打ち破っていたようだ。ずっと観戦していた斎諏訪によると、女子同士とは思えない壮絶な攻め合い将棋だったとのことだ。
 そして今、向こう側の机では、男子の部・決勝戦が行われている。そして僕は、3位決定戦の対局の最中だ。
 また、あちら側にいけなかった。どうして、僕はいつも1位になれないのだろう。集中力の持続しないのだろうか、そもそも実力不足ということだろうか。
 今日最後の対局かつ順位が決まるだというのに、これから指し始めてからも違和感は続いている。自分の指したい方向性のようなものが全く定まらないのだ。
 優勝という一点を目標にしていたから、その可能性がついえた今、モチベーションが失われてしまったのか。先ほど、敗因が分からないままに負けてしまったことで、どうやったら勝てるのか、勝ち方を忘れてしまったのかもしれない。飛び方を忘れてしまった鳥、インコースを攻められてアウトコースに踏み込めなくなった打者、そんなイメージが頭に浮かぶ。
 そこからは散々だった。小さなミスが新たなミスを誘発し、形勢は大差がついてしまっている。今日一番、いや将棋を再開してから一番酷い展開かもしれない。
 そして、僕は今日3回目の投了をした。
 3位が確定した対戦相手は喜びも隠さず、感想戦もしないで急いで席を立っていってしまった。恐らく、大会で初めて3位以内に入ったのだろう。今は人と会話をするのが億劫だったので、むしろありがたかった。
 不幸中の幸いか、僕たちの戦いはほとんどギャラリーはいなかった。それに少し救われた。大勢の野次馬の中での投了は堪えるものだから。
 今、会場の人々の関心は、男子の部・女子の部それぞれの決勝戦の方に向いている。
 男子の部は、一年生の園手賀と三年生で部長でもある司馬による長殖学園同士の対決だ。園手賀が勝てば十数年ぶりの一年生優勝、司馬が勝てば昨年からの公式戦14連勝と大会二連覇となる注目の対決だ。
 女子の部は、一年生の美月と三年生の水田の対決だ。予選第二戦と同じカードで、優勝最有力候補の水田としては二度の敗戦はあってはならないこと、もはや油断も侮りもなく全力で勝負に力を注いでいるはずだ。
 野次馬は多いものの、ちょうど座っている位置からもその両方の試合が眺められた。
 さっきまでは、時間さえあれば、美月の近くでその戦う姿を見届けたいという気持ちでいっぱいだったが、今はそうはなれなかった。手許のペットボトルを傾けるが、とうに空になっていた。
 やがて、女子の部の方に動きがあった。対局が終わったようだ。会場のざわめきが治まらないところを見れば、結果は明らかだ。散っていく人々の間から、立ち上がる美月の姿と、うな垂れる水田の姿がちらりと見えた。
 その後まもなく、男子の部でも対局が終了した。どうやら、園手賀が勝利し、1年生で無敗優勝を成し遂げたものの話題性としては今ひとつだった。
 中学生大会でもそれなりに好成績を修めていた園手賀に対し、全くの無名から御三家を破って一年生無敗優勝をした美月の方が話題性として抜群であるからだろう。
 園手賀にしてみれば、ファイブカードを出して満場の注目を独占できると思っていたところ、思わぬところからロイヤルストレートフラッシュを出されてしまったような心境だろう。
 御三家はちょうどスライドするように2位、3位、4位の上位成績となったものの、その表情は一様に憮然としている。その視線の先には、他校の男子高校生や男性記者に取り囲まれる美月の姿があった。
 「すごく強いんですねぇ」
 「見かけたの初めてなんですけど、大会に出るのはは初めて?」
 正確無比な差し回しと、あの容姿。注目を浴びるのは当然といえば当然かもしれない。
 「将棋はいつ頃覚えたんですか?」男性記者の一人がボイスレコーダーを美月に向けて尋ねる。
 それに対する彼女の答えは、「今朝」。
 ずっと気持ちが沈んでいた僕も、そこでは思わず苦笑してしまった。美月に限っては確かに間違いじゃないけれども。
 事情を知らないギャラリーがみな、ぽかんと口を開けていたのがとても印象的だった。

 ドラキュラにはニンニク、鬼には炒り豆、と世の中には理解困難な好き嫌いを持つ者達がいる。なんでそんなものを、と思う一方、僕自身はピーマンが嫌いなわけなので理由というのはその人にしか理解不能なものなのだろう。
 少なくとも今日、将棋部にとってはそれに伍する有益情報を入手することとなった。
 「コーヒーかよ! 絶ッ体行かねえ!」叫んだのは、我らが顧問である。大会の表彰式終了後、予定通り〈まめしば〉で反省会を行おうと移動する直前のことだ。元々、部員3人だけで行くつもりだったのだが、野生の嗅覚で感づいたらしく僕らの後をついてこようとしていた。
 恐らく、前世はスッポンか路上のガムだろう。一度くらいついたらなかなか離れてくれない。のらりくらりと話を反らそうとしたのだが無理で、仕方なくこれから反省会をしようと思っていた旨を泉西先生に伝える。
 反省会と聞き、泉西先生は興奮気味だった。何だかんだで一日中観戦側に回っていて不完全燃焼だったせいもあったのだと思われる。
 ところが、行く先がコーヒー専門店だと聞き、先程の叫びへとなった。
 コーヒーを心から愛する男・加笛が経営する〈まめしば〉には酒やソフトドリンクはなく、店内もコーヒーの香りが充満していると聞くと、すっかり付いてくる気はなくなったらしい。昔、コーヒーを自棄飲みして三日間眠れず苦しんだことがトラウマになったらしいが真偽の程は定かではない。「チクショウ。俺さまは自宅で一人酒盛りしたる。……お前ら、くれぐれもハメ外しすぎんなよ!?」という捨て台詞を残して去っていった。その言葉、近未来の自分に使用してください。

 僕たち3人が〈まめしば〉に到着すると、マスターは温かく迎えてくれた。
 店内の喫茶スペースはL字型になっており、一番奥のコの字型の席は静かでゆったりとした時間を過ごせる。常連客には一番人気の場所だ。
 ありがたいことに、少し前に大会後に押しかけますと話していただけなのに、その特等席をリザーブしてくれていたようなのだ。即席で作ったと思われる、手書きの〈予約席〉の札を片付けながらマスターはオーダーを取ってカウンターへ戻っていった。
 「はぁ~、疲れた疲れた」斎諏訪が眼鏡を外して眼の周辺をマッサージしたり、肩を揉んだりしている。
 将棋はスポーツのように身体を動かしまくるわけではないが、脳は相当疲弊する。会場はだいたい普段利用しないような場所だし、相手だっている。細かな時間に終われ、少しのミスで全てが台無しになると言う状況下に一日置かれるのだ。
 大会では、1試合40分~50分を6試合くらいはやるわけで、学校の期末テストの一日分くらいの疲労度は少なくともあると考えている。
 オーダの品を持ってマスターがやってきた。
 僕は、ハルコーロ・ノハナ農園のフレンチローストのブラックとクッキーのセット。
 美月は、アポロニウス農園のカフェラテとチョコレートのセット。
 斎諏訪は、ナニカ農園のシティローストのブラックと一口バウムクーヘンのセットだ。
 と、一つ注文した覚えのない小さなホールケーキが並んでいることに気づいた。
 「マスター、これ頼みましたっけ?」
 ケーキを指差した僕にマスターは不器用な笑みを浮かべて、
 「こ、こ、これはそっちの子の優勝祝い。え、え、遠慮しなくていいからね……」
 優勝祝い……。ケーキ自体は既製品を皿に載せただけのような感じではあるけれど、それにしても準備が早すぎはしないだろうか。
 もしかして、元々買って準備してくれていたとか。誰かが好成績を修めたらそれを名目にするし、そうでない場合も慰労という名目でやはり出すことはできるだろう。
 しかし、待てよ。誰か、マスターに今日の成績を話してたっけか。入店してすぐにここに案内されて、オーダーの会話しかしていないはずだ。なら、何でマスターは美月が優勝したことを知っているんだろう。
 と、頭の中に突如としてある推測が〈跳躍(リープ)〉してきた。
 「マスター。加納さんから教えてもらったんですか?」僕はマスターの背中にそう投げ掛けた。
 マスターは振り返ると、やや驚いた顔をしていたが、「よ、よ、よく分かったね」という答えが帰ってきた。
 やっぱり、そうか。さっき、泉西先生が加納さんを読心したときに言っていた『人気の無さそうな、コーヒー屋さん』とは〈まめしば〉のことだったのだ。〈まめしば〉と大矢高校将棋部のつながりで考えると、消去法で残るのは加納さんくらいだった。理由は分からないが、加納さんが将棋大会の結果を僕たちが表彰式などをしている間にでもマスターに連絡したのだろう。
 そうならば、僕たちがここまで移動する時間に〈予約席〉の準備をしたり、優勝祝いのケーキの準備をするのは難しくないだろう。
 さて、もやっとした謎が解けたところで、「じゃ、まずは祝杯?」僕はカップを持ち上げる。
 「だな。まさかとは思ったが、初出場初優勝とはな恐れ入るぜ」斎諏訪が応じる。
 美月も静かにカップを持ち上げたのを見届けて、「今日はおつかれでした、アンド、おめでとう」と発声した。
 疲れた頭に甘い菓子と暖かいコーヒーは格別だった。
 僕たちは今日の反省とねぎらいをしたり、学校祭の展示の進捗状況、『泉西先生とは一体なんなんだ』といったくだらない話を展開したりした。
 談話もたけなわであるが、僕はさりげなく腕時計と各人のカップや皿の状態を確認する。
 「……さて、今日はそろそろお開きにしようか」
 「ぉぃぉぃ、まだ40分しか経ってなぃだろ。何か予定でもぁるのかょ?」
 「そういうわけじゃないけど。俺たち大会慣れしてないし、意外に疲れが溜まってるんじゃないか? 人数もギリギリだから、今誰かに倒れられると、学校祭が危なくなるだろ?」
 「まぁ、それは確かにそぅだがょ」
 「これ以上ゆっくりしていると、追加注文のリスクもあるしな」空になったカップや皿を指して僕は言う。
 僕は急かすように二人を追い立てると、マスターのところで支払いを行う。というか、本当におごりにさせられたよ……。
 そして、店先で二人と別れの挨拶をする。二人の背中が見えなくなったところを見届けて、僕はため息を着いて帰路についた。

 外気は涼しいというより、やや肌寒いくらいだ。帰り道、帰路の半分くらいのところにある公園にふらりと立ち寄って、時計の真下にあるベンチに腰掛ける。
 ふう、と一息つく。「少し強引だったかな……」先程の反省会の終わらせ方を思い出して一人呟いた。
 コン、コンと音がするので何かと思い頭上を見上げると、街灯のガラスに虫たちがぶつかっている音だった。その光景を見て、先程抱いた大望を思い返して笑いがこみ上げてきた。
 トップアマになって、プロのタイトル戦で賞金を稼ぎ、美月が医療を受けられるようにする……?
 同じ高校生相手に一日に3敗もするような体たらくで、そんなことを夢想していたことが今となっては非常に滑稽に思える。
 その美月はあっさりと全勝優勝を成し遂げている。そもそも、そんな方法をとるならば、僕などより美月自身がした方が遥かに可能性が高いように思える。
 美月はかつて、僕に時折訪れる〈跳躍(リープ)〉の発想に期待していると言ってくれた。そのときは、僕も嬉しくなって大言壮語も吐いてしまった。でも、世の中は広い。他を探せば、もっと発想の豊かな天賦の才能を持ったニンゲンがたくさんいることだろう。
 だとすると、僕が美月の傍にいることは、むしろそういう人物と美月が出会う機会を少なくしてしまっているだけなんじゃないか。
 考えれば考えるほど、訳が分からなくなってくる。気づけば、頭を抱えてベンチでうずくまっていた。
 「ちょっと、君?」
 不意に声を掛けられて僕はびくっとなる。誰かと思い、声のしたほうを向くと声の主は犬を連れた女性だった。同い年か少し上くらいに見える。
 非常に分かり易いことに、上下のスポーツウェアを着て運動靴を履いている。『私は犬の散歩中ですよ』と言っているようなものだ。
 体型はさして特徴はないものの、肩口まで伸ばしたストレートの黒髪は艶やか。顔つきも目立つパーツはないものの左右均等に配置されているため清楚で美人に分類しても咎められることはないだろう。
 と同時に、僕はこの人の名前を必死で脳内検索していた。そう、僕はどこかで会っている気がする。それは間違いないのだが……。
 無言でじっと眼を見つめ返されたことを妙に思ったのか、女性の方が口を開いた。
 「同じ高校の生徒がこんな時間に公園に座ってたから、念のため声を掛けただけよ。世の中物騒な事件も多いからさ」
 ありがたいことに、その言葉が大きなヒントとなった。
 髪の毛を三つ編みにして、メガネを掛けさせて、うちの制服を規則どおりにきっちりと身にまとわせれば――。
 「もしかして、ふ、副会長ですか?」
 「呆れた。今頃気付いたの?」
 僕が驚いたのも無理はない。休日の犬の散歩とはいえ、雰囲気が普段の堅苦しいものからは随分と乖離しているのだ。これは探偵がする変装の域だ。
 「部活動の帰り? あ、いや……? 将棋部は今日秋季大会だったっけね」
 思わず、肩が震えてしまった。生徒会にはありとあらゆる情報が集まると言う話はあながち誇張ではないようだ。
 「で? こんなところにうな垂れているってことは、散々な結果だったってわけね?」副会長は小さくため息をつく。
 実際は成績はその想像よりは良いものであるが、僕個人にフォーカスを当てるなら『散々な結果』という表現については異論はない。
 「マーク。お座り」
 何かと思ったが、マークというのは副会長の連れていたゴールデンレトリバーの名前らしく、茶色い犬が大人しく座っている。
 そして、副会長は僕の隣に腰掛けるとこういった。
 「王様の耳はなんとやら。話せば少し楽になるんじゃない?」
 
 ゴールデンレトリバーというのは忍耐力が非常に強いと聞くが、それは本当のようだ。僕が今日のあらすじを話している約4分間、表情を変えることなくただそこにたたずんでいた。
 また、飼い犬は飼い主に似るとも聞くが、その点も隣で表情を変えることなく僕の話を黙って聞いている副会長を見て実証できた。
 しばらくして、「確かに、イマイチな内容かもね」静かに聴いていた副会長は、開口一番そういった。多少は覚悟していたが、なかなか手厳しいレスポンスだ。
 「実力を証明するには実績を作るしかない。それも一番、一等、一位といった、ね。一番以外は、二位もビリも同じ。世界で二番目に有人飛行に成功したのは誰? 世界で二番目に大きな岩はどこにある? そういうことを知っている人はどれくらいいるでしょうね」
 副会長は流れるように話を展開する。つい引き込まれそうな話術だ。1年生の頃から奥地会長と組んで、大矢高校生徒会を回してきたと評される女傑の実力を垣間見せられているようだ。
 やはり、気持ちを切り替えて次のチャンスをものにするしかないか。まずは今回明るみになった中盤力を鍛えなければならないだろう。『次の一手』問題を中心に毎日一定量の研究を行おうか。あと、対人戦の雰囲気慣れするために久々に街の将棋センターに顔を出してみようか。
 「でも、一番になれない者達にも、逆に強みや勝ち目はある」
 そんな思考を始めていた僕に、副会長が意外な言葉を投げ掛けてきた。僕は思わず「えっ?」と聞き返していた。「どういうことですか!?」
 しかし、自分から話を振ってきたにも関わらず、副会長は少し不機嫌そうに眉根を寄せた。
 「君、少し考えようよ。ほら、もっと視線を上げて」そう言って、指を星空に向ける。
 視線……? その先には柄杓のような形をした星座が浮かんでいる。あの形は確か、
 「北斗七星、ですか?」
 「は? あれはくじら座でしょ? そもそも北斗七星は春の星座……ってそういう細かなことじゃなくて!」
 副会長は星空に向けていた指先を、僕の眉間のど真ん中に移して続けた。
 「将棋を指している姿ってさ、一見、盤を見渡しているようだけど、もっと上の存在――例えば、ああいう星達からの目線から見下すと、下向いて俯いているように見えるんじゃない? って言いたかったの」
 「は、はぁ……」相変らず厳しい物言いだが、不思議と腹が立ったりすることはなかった。
 「特別サービス。柔道で一本技が下手な選手が勝ちたい場合、どうすればいい?」
 柔道で、一本以外……。そこまで言われて、副会長の言わんとすることがやっと分かってきた。
 「合わせ技、ですか?」
 「よろしい。例えば、背泳ぎで市内2位の子がいるとする。どうしても1位の子には勝てない。背泳ぎという一つの物差しで見たら、その子はイマイチかもしれない。
  でも、その子にはほかに意外な特技があって、文章が得意なのだとする。例えば、市内でベスト5に入るくらいとしようか。
  文章力と水泳は相関が弱いと言えるから『水泳ができて、執筆能力が高い』という物差しで見るならばその子は市内を飛び越えてる存在となりうるわ。
  さらに、クロールや平泳ぎと違って、背泳ぎはニッチだから、一気に国内トップレベルと扱われる可能性もあるでしょうね。
  背泳ぎに関するエッセイとか小説とかそういうものはその子に与えられた特権になりえるわ」
 副会長の言葉を聞いているうちに、僕の中にあることが浮かび上がってきた。
 4月の抱負。学業と、将棋と、音楽の鼎立。そのうち、音楽にこれまで力が入れられていないことに気づいたのだ。ちょうど、将棋と音楽の相関は弱いと思える。音楽の実力はまだ全然大したことが無いかもしれないが、もしこの才能を伸ばすことができたら、副会長の言う合わせ技にできるのではないだろうか。
 伸びしろの分からなくなった将棋だけでなく、やりたいと取り組み始めたギターを上達させること。
 短絡的すぎる考えかもしれない。それでも、今のように動かずに悶々としているよりは随分と楽だと思えた。
 そのためには、分かり易い目標――欲を言えば、実績にもつながるような目標があるといいのだが……。
 「……副会長、唐突なんですが」
 「なに?」
 「高校で、音楽関連の発表の場ってどういうものがありましたっけ?」
 「そういうのは、音楽系の部長連中の方が詳しいと思うけど? まぁ、主だったところでは――」
 副会長はいくつかの名前を挙げてくれたが、いずれも各学校で数組とか非常に狭き門らしいとのことで、心が折れそうになる。そもそも、演奏レベルだって評価をしてもらえる域まで達していない。
 「それなら、まずは〈音夜祭〉でも目標にしてみたら?」僕の顔に翳が差したことに気づいたのか新たな提案をしてくれた。
 「オンヤサイ、ですか」
 「知らないの? まぁ、完全に大矢高生内部で閉じたイベントだから、知らない人も多いけど、まさか軽音楽部なのに知らないなんてね……」
 副会長は呆れを通り越して、笑いを催してきたようだ。こまめに呼吸を整えて、笑いを堪えている感じだ。
 ただ、世話を焼くのは苦と思わない性格のようで、尋ねたら懇切丁寧に教えてくれた。
 音夜祭は大矢高校学校祭の後に行われる後夜祭の一つで、夜18時から20時の2時間、体育館のステージを使って行われる音楽イベントだ。
 参加資格は、体育館ステージで音楽を行いたい者でジャンルは不問というシンプルなものだ。
 しかし、持ち時間は準備と片付けの時間も含めて10分。だから曲の長さは5分程度のものを1つするのが基本となる。つまりその10分間を12組で行うのが限度だ。
 昼間の学校祭開催時間帯でも、体育館や講堂だけでなく各部室自前のステージなどがフル回転しており、演奏したい者達は1年生であってもそれなりに演奏する機会は得られる状況下にある。
 では、外部の来客もいなくなった音夜祭が人気の理由は何か。一言で言うなら、学内アピールである。
 学校祭自体が終了している時間帯のため、展示番を一日中宿命付けられるような生徒達も観ようと思えば観ることができる。また、一旦は終わった祭の余韻や夕暮れ時という人間心理で観客の盛り上がりも期待できる。ノリのいい観客がたくさんとなれば、演奏する者としては申し分ない舞台だ。
 さらに噂では、想い人にアピールする絶好のチャンスにもなっているとか。
 そこまで聞いて、僕の心はすっかり音夜祭に憑りつかれていた。学内イベントなら、美月にも観てもらえるかもしれない。さて、問題はどうやってその12組に選ばれるかだが……。詳細は明日にでも軽音楽部の先輩方に探りを入れてみよう。
 僕の表情から翳りが去っていたのだろう。副会長は自分の役目は終わった、とばかりに目を細めて立ち上がる。
 マークがそれに反応して、すっくと立ち上がる。僕も立ち上がり、「色々とお話聞かせていただいて、ありがとうございました」副会長に感謝の意を伝える。

 副会長とマークの後ろ姿見送ってから、僕は一つため息をついていた。先程までの昂揚した気分も、急速にクールダウンしていた。
 それは、副会長が去り際に話していった言葉によるものだった。
 「音夜祭の出演者は、最後のチャンスである3年生の参加希望が優先されるから。まぁ、上手いに越したことはないけどね。あと2年間あるわけだからゆっくり準備なさい」

 

  小説『Fall on Fall =俯瞰の秋=』(2/4)に続く