総村スコアブック

総村悠司(Sohmura Hisashi)の楽曲紹介、小説掲載をしています。

小説『Spring in the Spring =跳躍の春=』(5/5)

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明日の答えなら 今日のどこかにしかない。

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第五章 『金曜日』

 

 

 翌日の放課後。仮入部の最終日。僕は賑わう音楽室でなく、寂れた将棋部の教室の椅子に一人ぽつんと腰掛けていた。
 (これで……いいんだよな)
 丸一日考えて出した結論だったが、まだ僅かな心残りがあることは否定できない。
 軽音楽部は確かに楽しそうだった。しかし、もやもやした気持ちでいる僕がその集団の中で悪影響を与えないだろうか、上達せずにメンバーの足をひっぱってしまうのは心苦しい。
 将棋は元々孤独な競技だ。ゴルフやボクシングと違い、試合中に誰の助言も受けることはできない。運の要素もなく、〈負け=自分の判断ミス〉という厳しい現実を突きつけられる。
 しかし。
 孤独な競技ゆえに、自分のことは自分の責任で収められる。他人に迷惑を掛けることはない。迷った僕が何かやっとけそうなことはといえば、駒を持つことだと考えた。
 ただ、最後に決め手となったのは美月の言葉だった。
 
 ――――ケーヤの中で将棋はなくなってなかった
 
 美月は平気で嘘をつくタイプではない。いくら〈通し〉の最中とはいえ、その言葉が偽りの文字列であったとは思えなかった。
 将棋部は恐らく、将棋のできない顧問――泉西先生と僕の二人だけになる。あの訳の分からない教師と3年間一緒か……。今から卒業写真の部活のページが非常に心配だ。同窓会の度にネタにされたりしないだろうかと気が気ではない。
 一人だけだが、高校の大会も個人戦だけなら参加もできるはずだ。最近ではPC用ソフトも強くなってきているから、日々の対戦相手には不自由しない。学校に余っているPCが無いか泉西先生に相談してみるか。あれだけのことを言ってたのだから、少しは協力を要請しても問題は無いはずだ。
 よし……。当面の目標は立った。高校生でナンバーワンを目指すかな。
 僕が早くも来週からの活動を企てていると、
 「あれ。今日もいる」
 後ろから急に声を掛けられてビックリする。それは、ヤツの声ではなかった。
 「み、美月?」
 「何、驚いてんの?」
 美月は眉根を寄せて訝んでいる。
 「仮入部、最終日だぞ……。まさか、美月も将棋部入るつもりか?」
 「つもり……って、もう入部届は出し終えたけど?」
 美月が、将棋部に、本入部?
 俄かにはとても信じられない。昨日、僕を江辻の前に連れて行ったことで、美月が将棋部に近づく理由はもうないと思っていたのだから。
 同じ高校に通っているはずなのに、なんとなく、もう二度と会えないような気がしていたのに。
 僕の言いたいことが伝わったのか、美月は自分から話し始める。
 「顧問のセンセが『好きな時にくればいいから』って言ってくれたから。あたし、放課後はなるべく自由に過ごしたいし。先輩が居ないのも気楽でいいしね」
 なるほど。一応、納得できる回答ではあったが。「ケーヤがいるから」という理由じゃなかったのは残念至極だ。さすがにそれは夢見すぎだったか。
 「ところで、軽音部の本入部届はもう出してきたの?」
 現実の厳しさを突きつけられたばかりの僕に、美月はそんなことを言ってきた。意味がよくわからない。
 「俺も将棋部に本入部したから、さっきわざわざ美月『も』って言ったんだけどね」
 しかし、美月はさらに続けた。
 「あ、そう。『掛け持ち』はしないんだ」
 「えっ?」
 鳩がまさかの豆型スタンガンを食らったような表情を僕は浮かべていたかもしれない。
 「知らなかったの? 部活は掛け持ち可能だよ。生徒手帳に書いてあるでしょ。とりあえず、ケーヤもすればいいのに」
 「ケーヤも……って美月は将棋部とどこなんだよ」
 「帰宅部
 「あのさ。そういうのを幽霊部員っていうんだ」
 ……さてと。
 ここにきて、部活動の掛け持ち自体は可能だと知ったのは大きいが、果たして有効に実現可能なことなのだろうか。
 つまり、将棋で高校生全国一を目指しつつ、音楽も精力的に活動するってことだ。
 ギターだって、まだCとGとAmのコードしか押さえられない僕が、将棋の片手間にできるほど楽な世界ではないはずだ。
 将棋だって、3年のブランクがある。小中ではまだ覚醒していなかった、あるいは、急成長を遂げた猛者がきっとひしめいているに違いない。一筋縄ではいかないだろう。音楽の片手間では通用しないのではないだろうか。
 昔から、〈二兎追うものは一兎も得ず〉というじゃないか。そんな、異次元のような活動ができるわけが……。
 
 ――桂だけは……次元を超えられる……――
 
 頭に、そんなフレーズがフラッシュバックした。
 それは。
 (なんだよ……自分で言ったセリフじゃないか!)
 僕は、高速で自分自身の高校生活をできるだけ深く、そしてリアルに読んでいく。それは、随分と深くまで及んだ。
 人間には死の直前に人生の走馬灯というものがあるというが、それを未来に対してしている感覚に近かった。第三者的に見たら、非常に危ない人間かもしれない。
 そして結果が出る。
 「……よしっ」
 急いで読んだから、読み間違いかもしれない。でも、ここで立ち止まっていては、また時間切れのブザーが鳴り響き、後悔の3年間を送ってしまうことになるかもしれない。
 (迷ったら、何かやっとけ、だよな!!)
 僕は美月の方を正面に見据えて、「……悪い。しばらくここ頼む。軽音行ってくるから! ……と、もう一つ」
 そして、今、取り急ぎ言っておきたいことが。
 
 ビシィッッッッ……!!
 
 僕は、手許にあった玉将を力強く叩きつけ、真剣な顔で宣言する。
 「俺、王将も好きだけど、玉将はもっと好きだ!」
 突然、脈絡の無く謎の宣言をした僕に、さすがの美月も理解が追いついていない様子だ。
 いや、分からなくていい。むしろ、その方が堂々と言えて都合がいいといえるかもしれない。
 相手が意味を理解していないから恥ずかしさがなく、しかし、自分は達成感を得られている。
 今日のところは、これで十分。3年間のうちに、正式な機会が作ればいいさ。そんな風に、余裕に構えていたら。
 「おー、下僕……もとい、部員たちよ、集まっとるな」
 ヤツだ。
 (……って、このタイミングではヤバい!)
 慌てて、退散しようと思ったが、間に合わず。そして、
 「どうした瀬田。『玉将の点が美月の笑窪を表現したことをばらされたらまずい!』ってな表情してるが?」
 「……~~っ」
 恥ずかしさで、全身、特に顔が熱くなっていくのを感じた。後ろからは、何故か風を切る鋭い音が聞こえる。ゆっくり振り返ると。
 (その音かよ!)
 「……そんなに、あたしの笑窪が拝みたいなら、デコピン二発でどう?」
 美月が、眉根を僅かに寄せつつ、物凄い素振りをしていた。
 しかし、先日のように不快な表情を浮かべるでもなく、軽妙に切り返しを見せたということは、美月に僕が伝えたかった笑顔の魅力がいくらかは伝わったと言うことではないだろうか。
 それなら、恥ずかしい想いをしても損はない。あの強烈なデコピンは御免こうむるが。
 「と、とにかく。軽音楽部に届出してくる!」
 僕は、逃げるように将棋部の部室を飛び出した。
 後方の教室からは、何故か、泉西先生の「っ痛えっっっっ!!」という悲鳴が響いてきた。
 早速、さっきの〈読み〉が大きく脱線した僕の高校生活だが、どうやら、つまらないまま終わることだけはなさそうだ。
 
 無事、軽音楽部にも本入部届を出し終えて、来週の火曜日には早速ギター講座にも参加することにした。
 紆余曲折あったが、とにもかくにも僕の高校生活の駒はこれで全て整い、今まさに3年間に亘る一局がはじまろうとしている。
 すぐにでも第一手目を指したい、はやる気持ちを抑えて、静かに考える。
 瀬田桂夜の生き方のルールは、瀬田桂夜が決めることができるのだから。既存の考え方や、枠にとらわれることなんて無いはずだ。
 季節は春。春はspringであり、springは〈跳躍〉でもある。まさに〈桂〉のためにある季節といえるかもしれない。
 だから、もっと素直に。もっと自由に。こんなことだって、できるはずだ。
 僕は頭の中に将棋盤を浮かべると、勢い良く駒を打ち付ける。
 
 初手、5五桂――。
 

図_初手5五桂

図_初手5五桂


 小説『Sum a Summer =総計の夏=』に続く